石見銀山 群言堂

暮らす旅

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島根県石見銀山

石見銀山に泊まる
普段通りの自分で暮らすように過ごす。
江戸末期の一棟貸し宿「山田家」

出雲空港に降り立ち、電車とバスを乗り継いで、ようやっと石見銀山に近づいてきたぞ、と窓の外の緑を眺める時、私はいつも「この町の入り口には、目に見えない結界が張っている」と心の中でつい呟く。

旅が好きで、これまでたくさんの国や街を訪れたけれど、そんな気持ちになる場所は、世界中探しても、この場所しか思いつかない。

石見銀山・大森は、私にとって、ひとが健やかに暮らし続けていくための、一つの理想のような日々が営まれている場所——。

そこに行けば、心安らぐ。ずっと出合いたいと思っていた、「何か」の尻尾がつかめる気もしてくる場所。「これからの人生、何かのきっかけで行き詰まったとしても、大丈夫。私には『大森に帰る』という手段がある」。そう思える土地と暮らしに出合えたことは、私の人生の救いのひとつでもあるほどだ。

そしてその大森に、中長期滞在が可能な新しい宿(大森町保育園留学®専用の宿舎)ができました、という話が、この記事の本題。

宿の名前は「山田家」。江戸末期に建てられたその家は、彫刻家のアレックス・ワイルズさんが美しく改修し、松場登美さんが再び手を加えて改修。このたび中長期滞在向けの宿としてオープンした、という経緯を持つ。

大森の暮らしと、その味わいが感じられる静かな家に、お邪魔しよう。

取材・文:伊佐知美
 編集・撮影:小松﨑拓郎

「山田家」大森の集落に佇む、
江戸末期の建物を改修した一棟貸し宿

その昔、石見銀山で採れた銀を大森の町の外に運び出すため、多くのひとが行き交って賑わっていたメインロード「石見銀山街道」。別名「銀の道」から、脇道に入った道沿いに、一棟貸し宿「山田家」は静かに佇む。

多くの人が玄関から入らない、不思議なお宿

【1階・土間】

玄関から入ると、まず土間が迎えてくれる。いつも新しい風と、内側からの風が混ざる場所。 ※お泊まりの際の日常的な出入りは裏の勝手口からおこないます。

【1階・台所/ダイニング】

天窓からの光が入る、明るい台所/ダイニング

土間からでも玄関からでも、入るとまず、台所とダイニングに出合うことになる。暮らしの中心には、いつも食卓がある、とでも言うように。

古民家再生に長年取り組んできた登美さんが、「山田家に合うものを」と集めてきたため、調理器具や島根の窯元の器などは選りすぐりのものが集っている。

ダイニングで、湯が沸く蒸気の気配を感じながら、1日何度も、ここで料理をしよう。食べることは生きること。その昔、登美さんが、「仕事だけじゃだめ。暮らしをしないとだめよ」と言っていたことを思い出しながら。

【1階・リビング】

台所/ダイニングの隣には、リビングが現れる。大きな、窓。何もせずとも、この窓を眺めながら、過ごしたい。そう思ってしまう光がそこにはある。

暖かな季節には窓を開け放って、大森では珍しいミモザやオリーブ、ユーカリの葉が揺れる音を聴きながら、縁側で過ごそうか。外には庭が広がり、その向こうには畑と「石見銀山公園」の敷地がある。四季折々の風が通り抜ける、空間。

またロッキングチェアは、山田家に鎮座するために生まれてきたのではなかろうか、と思わされてしまうほど、空間と調和する。ここに座って揺らされたら、私も大森の自然の営みのひとつの要素として、溶け込めたりできそうな。

リビングに並ぶ椅子は、元はえんじ色のビニール素材だったものを、アレックスさんの息子であり家具職人のハジメさんが丁寧に張り替えて山田家に似合うようにしつらえ直した。部屋のWi-Fiは、もちろんさくさく。気が向いたら、好きなだけ仕事もしよう。

【2階・寝室】

リビング奥の階段を上がった2階には、ワンルームをお手製の壁で区切ったベッドルームが2つある。手前の空間にベッドが2つ、奥の空間にまたベッドが2つ。合計4人まで泊まれる仕様。

山田家で眠る夜は、いや、夜じゃなくても昼寝でも。心穏やかで、今までになかったほど深いものになるだろう。

【1階・洗面所/風呂】

お風呂に入る。このことが、仕方なく行われる作業ではなく、1日の最大の楽しみになるような、そんな日々はどうだろう?

浴槽は、先述のアレックスさんが、かつて自身で作ったもの。それを、登美さんたちが丹精込めて磨き上げ、いまの形に収まった。

お風呂タイムは、木に全身の地肌が触れる。包まれる。四季の日差しを、窓越しに感じられる。ちょっぴりくらいなら、開け放ってもいいかもしれない。ここにも風が入ってくる。心にも、毎日にも。ほぐれる、温まる、ゼロに、戻れる。

暮らすために必要なものがここには在る。たとえばドライヤーに、乾燥機付きの洗濯機。

古民家暮らし、というものは、洗濯物を手洗いして、風で乾かすことなのかと想像していた時代が私にあることは、恥ずかしいので隠しておきたい。

テクノロジーの力と、紡がれてきた大森の暮らしを合わせて紡ぎ、継いでいくこと。それらは相反することじゃない。今はまだ実装できていないけれど、便座も温かくできるものに変えたいのよ、と登美さんは笑っていた。

中長期滞在するからこそ触れられる、
大森の暮らしの温かさ

今回、宿の改修の中心を担った登美さんに、どういう人に山田家を利用してほしいか、改めて聞いてみた。

「どなたが泊まってくださっても嬉しいけれど、やはり山田家は若い方のイメージかもしれないわね。リモートワークをしながらの中長期滞在、子連れ留学のような滞在もいいでしょうし、多様な若い人に泊まってもらえたら」

また、インスピレーションのもとになった場所は、過去に訪れた、サテライトオフィスで有名な徳島県神山町にあるそうだ。場所を問わずに働ける若い人が、普段着の自分のまま大森を訪れて、いつも通りに大森で暮らしてくれたら嬉しい。そんな想いを心に抱きながら、山田家の改修を進めてきた。

そして登美さんは、そういえばね、と言葉を続ける。

「このあいだ山田家にお泊まりになった方はね。朝に水仙をたくさん摘むのを手伝ってくれたり、植物の球根を掘り起こして植え直すのを手伝ってくれたりと、私のやることを手伝ってくださって。

私は、なんだかお手伝いしてもらうのが申し訳ないなと思ったけど、彼女にとってはすごく楽しいことだったと。それで、お昼ごはんも一緒に食べて。若いお嬢さんと一緒に、そんな時間を過ごしたのは私も本当に楽しかったし、なんだか、そういうことも自然にできるお家が山田家なのかなぁ、とも感じました。

また別の方は、お一人で滞在されたのだけど、1週間の山田家滞在のうち、合間の1日は他郷阿部家に移ってお過ごしになられてね。それで、宿もそうだけれども、大森の町のいろんなところに顔を出されていました。

うちの三浦編集長がよく言いますようにね、最初に大森にインターンで来た時、夏休みに1ヶ月滞在したけど、ほとんど 1人でごはんを食べることがなかったっていうくらい。私も彼女たちが滞在してる間に、おぜんざいを作ったから持っていってあげたりとか。ちょっとしたことでね、山田家に何かお届けしたりして、なんとなくみんなが気にかけてくれるっていうのが、大森の良さ、山田家の良さなのかなと思います」

関わりしろがある町の、
「土間」という余白の使い方

また登美さんは、山田家のおもしろさは、土間の余白にもありそうだ、と予想する。

「入ってすぐの土間があるでしょう。あそこは不思議で、ぽっかりと広い空間になっているんですよ。この土間を作ったのは、アレックスさん。なんだかいい空間だな、と思って、空白のままにしているのですけどね。

私は、卓球台なんかを置いて、孫たちと遊んでみるのもいいなと思います。

でも、滞在される方は、たとえば作家さんの方であれば、その方の作品を並べてちょっとしたお店をやってみるとか。そういうことにトライするのに適した空間だとも思いますね。

土間は通りに面していますから、お家の前の空間も一緒に使ったら、町の人たちとの交流の場にもなりそうですし、使い方次第ではとてもおもしろいなって」

リモートワークや、大森の生活観光の拠点として利用しつつ、中長期滞在中に心が動いて「何か能動的に町との接点が作りたい」、そう感じた時に、働きかけられる「余白」もある宿が、山田家ということか。

空白は、埋めたくなるのが人間の性だと聞いたことがある。山田家にいると、その本能みたいなものが、ぴくり、ぴくりと反応し始めるような気がした。

ここを訪れた人にしか、
感じられない手触りが
石見銀山には在る

大森には、どんなに言葉を尽くしても、伝えきれない「何か」が埋まっている気がしてならない。それは、連綿と続いてきた町の歴史と人々の暮らしの重なりがそうさせるのか、土地の力か、あるいは新しく生まれる息吹の気配、みたいなもののせいなのか、正体は私もまだわからない。

けれど、圧倒的に感じることは、この人口約400人の小さな町には、正しい未来がある、という予感。大森の空気の中で過ごしていると、普段都会で無意識に被っていた鎧が溶け、ただ丸裸の自分になり、「私は誰なのでしたっけ、どう在りたいのでしたっけ」と、自然と自らに問うようになる気がしている。毎朝、まいあさ、朝日が昇るたび、自分のラベルがはがれていくような。

ただ数日、石見銀山の観光に訪れて、通り過ぎるのではなくて。中長期滞在で「大森で暮らす」という日々は、たしかに「人生のプレゼント」になると信じている。あなたにも、あなたにとって大切な人へ、でも。

「山田家」詳細

住所:〒694-0305 島根県大田市大森町イ811
2023年4月より大森町保育園留学®専用の宿舎となります。

保育園留学®についてはこちら
公式HP:https://hoikuen-ryugaku.com/