設立30周年への想い

写真:設立30周年記念ブローチ/製作:玉川福祉製作所

未だ道半ば・・・

会社設立三十周年を迎え、今まで支えて頂いたすべての皆さまに、感謝とお礼を申し上げます。

逆行小船。三十年前、時代のスピードにあえて背を向けて、不安定極まりないと重々承知の上で、舳先を小さな清流に向けて漕ぎ始めました。水は澄み渡り、小魚たちは元気に泳ぎ、経済の手が入っていない川岸は、ありのままの美しさを保っています。

しかし自然の恐ろしさをも秘めたその流れは、時に激流となり、何度も船を無情にも押し流していきました。それでも私たちは、終わりなき旅路の果てに桃源郷へ辿り着きたいと、諦めずに船を漕ぎ続けてきました。

三十年が経ち改めて思うことは、「初心忘るべからず」です。これは約六百年前に能を大成した世阿弥の言葉です。世阿弥は、「是非の初心忘るべからず。時々(じじ)の初心忘るべからず。老後の初心忘るべからず」と、人生の中にいくつもの「初心」があると説いています。

一時的な成功や勝利を収めたときこそ、それが行く手を阻む壁となり得ます。そのようなものは、一時的な「花」に過ぎないのです。あたかも道を極めたかの様な心情こそが、あさましきことなのです。改めて自分の未熟さに気付き、周囲の人の言葉を謙虚に聞き入れなければ、桃源郷に咲く真実の「花」を見ることは叶わないでしょう。

私は「老後の初心」に差し掛かりましたが、事業は常に持続性を求めていかなければなりません。前進し、挑戦する力となるのは人財です。大切なのは機械でもAIでもない、人間力です。これからも社員と一丸となって、お客様の感動の価値創りと、真の豊かさの価値創りを求めていきます。

また、三十年という歳月は、大森町の町並み保存運動の歴史とも重なります。わずか四百人程度の小さな町で、コツコツと積み重ねてきた景観保存事業が、今では類あって比なし、独特な歴史と文化を醸し出す、日本の新しい環境価値になってきました。

私たちはこれからもこの町の環境価値を守り、次世代に継承し、共に歩み続ける創造集団でありたいと考えています。そして私自身は、この先の旅路でも驕ることなく、媚びずに、ぶれない人生観を伝えていく所存です。

松場大吉


今年五月をもって、弊社は設立30周年を迎える。 俗に山あり谷ありと言うが、谷あり谷あり、更に深い谷あり、そして時に小さな奇跡のような山が訪れる。 そんな三十年間だった。

それでも不思議とめげることなく、夢を語り、理想を追い続けて来られた。 なんと能天気な経営者であっただろうと反省するとともに、 この幸運に感謝したい。 そんな私たちを、友人が当時話題の映画 「塀の中の懲りない面々」 から 「山の中の懲りない面々」 と例え、 ともに笑ったことを思い出す。

鉱山町の閉山後は、どこも急激に疲弊してゆく。 御多分に漏れず、石見銀山も衰退の一途をたどっていた。 一方、 世間はバブル経済全盛期。 思えば、 最も経済や流行に遠い場所で産声を上げたのだった。 私の記憶の限りでは、 当時、 未だ携帯電話はなかったし、イ ンターネットがこれほど普及し、AIまでが登場するなど想像さえできない時代だった。

微力な弊社が大きく社会を変えることは不可能と思いつつも、何かしら小さなことからでも社会に影響を与えるような仕事がしたいという強い思いだけは、七転八倒するような会社人生の中でも、 変わることなく根っこにあり続けていたように思う。

大吉の語り下ろしの本 「ぐんげんどう」 の帯に藻谷浩介さんがこんな言葉を寄せてくださった。

「この稀有なアンサンブルのベースラインを奏でる経営者・松場大吉の、 変転自在ながら徹底的に一貫した人生。〝逆行小船〞の後ろに大船団の続く日は近い。 」

なんと頼もしい言葉だろう。

孔子が書いた 「論語」 の一文によれば、

「吾…三十にして立つ、 四十にして惑わず…」 とある。

三十にして立つとは、三十歳で自分の精神の立場を確立するということを意味するらしい。 果たして弊社が三十にしてその確立をできているかというといささか心許ないが、 大吉の言う文化51%、 経済49%の考え方こそが、 三十年かけて培ってきた 「精神の立場」 かもしれない。

孔子の 「四十にして惑わず」 のごとく、 十年後には悟りが開け、 事業の在り方に疑いを抱くことなく邁進していきたいものである。

松場登美

松場登美の文章はお取引様、お客様宛に30周年記念のタブロイド紙と一緒に送らせていただいた文章と同じものを載せさせていただきました。

石見銀山 群言堂