春が来るたび、胸によみがえる情景があります。それは1981年の4月、家族でこの銀山の里へ越してきた日のこと。町の入り口で、真っ白に咲き誇る木蓮の大木に迎えられた私は、さしずめあの「赤毛のアン」になった気分でした。初めて訪れたプリンスエドワード島のまばゆい自然にときめく気持ちと、これから始まる暮らしへの不安。複雑に入り混じる感情で胸をいっぱいにしながら、馬車を駆るマシューに「あれは何?」と矢継ぎ早に問い続けたアンの姿は、あの日の私そのものでした。そしてこの町に居を定めてからというもの、私はますますこの地に惚れ込んでいったのです。
大森町は山に囲まれた町ですが、車で15分も走れば海に出られて、ひと味違う開放的な気分を味わえます。冬には鉛色をしていた海も、春から夏にかけては美しい青やエメラルドグリーンが広がり、見飽きることがありません。「裏日本」と呼ばれる日本海側ですが、この辺りにはかつて唐人や韓人との関わりがあったことを示す地名がいくつも見つかります。悠々とした水平線を眺めていると、むしろこの海こそが、広い世界に開かれた「表玄関」だったのだと思えて、ワクワクしてくるのです。
30代の頃は、初夏になると娘たちと羽釜持参で浜辺へ行き、焚き火で「ボベごはん」をつくりました。「ボベごはん」とは岩に張りついているボベ貝(ヨメガカサガイ)を集めて炊くごはんで、野趣に満ちて本当においしかったものです。そして、海に夕日が沈む日本海特有の眺めもまた格別。まるで熱く燃える塊が水に溶けていくようで、思わず「ジュッ!」と口走ったことがありましたっけ。驚いたのは、あれから30年以上経って、娘や孫たちと一緒に海へ行った時、娘があの日の私と同じように「ジュッ!」と言ったことです。なんでもない情景でも、子ども心には残っているものなのですね。
昨今、自然の中で十分に五感を発揮する機会を奪われてしまった状態を「自然欠乏症」と呼ぶそうです。私からすると都会には余計なものが多すぎるように思います。頭と心にひしめくノイズを取り除きたくなったらどうぞここへおいでください。そして刻々と移りゆく自然の光と色と音に、ただただ身をゆだねてみませんか。