09 備後のインディゴからみ織|暮らしの布図鑑

透け感のある生地に、にじむように浮かぶ水玉模様が涼しげです。

経糸と緯糸が複雑にからみ合って醸し出す透け感。繊細でありながら気取りすぎてもいない、日常着としての自然な佇まい。これぞ、群言堂がデニム産地・備後のつくり手と2年の歳月をかけて完成させた「インディゴからみ織」です。今回は、そんな頼もしい「チーム備後」を訪ねて、島根から岡山へと車を走らせました。

インディゴ先染め織物の頼れる存在、「チーム備後」に会いに

この日私たちが訪ねたのは、岡山県西端にある井原市。田園風景の中に立つ織物工場の前に車を停めると、先に停まっていた車から「どうもどうも」と言いながら、人懐っこい笑顔の男性が降りてきました。この方は、広島県福山市に拠点を置く、テキスタイルの企画生産販売会社・菱友商事の一村正吾さん。デニムにまつわる群言堂の相談ごとを、なんでも受け止めてくださる頼もしい存在です。

菱友商事の一村さん。群言堂の望む布を的確に理解し、織屋に伝える「通訳者」のような存在です。

そして、「インディゴからみ織」の製造現場となったのが、この日訪れた井原市の織物工場。一村さんたちが絶大な信頼を置くパートナー織屋です。広島と岡山、県境をまたいではいますが、この一帯はかつて「備後」と同じ名前で呼ばれていたエリアなのです。備後といえば、かつて昭和の最盛期には絣の生産量全国トップを誇った土地。その後、絣の消費量が減る中で、代わりに登場した地域特産品が、デニムでした。綿と藍を駆使した「先染め織物」の伝統は、デニムづくりで再び花開き、今や国内だけでなく海外からも注目される産地となっています。

この織屋さんがつくる正統派なデニム生地は、国内外から注目を集めています。

井原市は、江戸時代から綿花の栽培が盛んだっただけでなく、藍染に適した良質の水にも恵まれた土地でした。そんな風土に根ざし、戦後間もない1948年に創業されたこちらの織屋さんの強みは、オーソドックスなデニムだけでなく、さまざまな変わり織にも積極的にチャレンジされているところ。今回の新作「インディゴからみ織」も、そのチャレンジ精神なくては生まれませんでした。

先染め糸でつくる「からみ織」は、完成までに2年を要した難題

「からみ織」とは、2本の経糸(たていと)をからませてよじり、その隙間に緯糸(よこいと)を通して織り上げる、メッシュのような透け感のある生地のこと。からみ織の歴史は古く、古代中国から日本に渡来し、「羅」や「紗」と呼ばれて平安貴族の装束にも使われたと言われます。

からみ織といえば呉服用の絹ものを真っ先に思い浮かべる方が多いでしょう。一方で現在、国内には綿のからみ織をつくっているつくり手もいくつか存在します。ただ、からみ織を先染め糸で、というのはほとんど前例がない取り組み。群言堂が一村さんや織屋さんとともに試作を始めたのは2022年でしたが、完成までには約2年の歳月を要しました。軽さと透け感を保ちながら、日常的な着用と洗濯にも耐えうる実用性を叶えなくてはならなかったからです。一村さんは、その苦労をこんなふうに振り返ります。

美しい透け感のインディゴからみ織。織り上がった無地生地は京都に送られ、水玉状に地色を抜く「抜染」をほどこされて、ようやく仕立て工程へ。

一村さん
「最初は、裁断して縫うと裂けてしまった、なんて報告を群言堂さんから受けてましたね。もちろん太く強い糸を使えば、布としての耐久性は上がりますが、そうすると、本来イメージされていた、“薄くて軽いもの”からは遠ざかってしまう。織屋さんには、糸をあれこれ変えたり、後加工を工夫したりして、10種類以上は試作と検証を繰り返していただきました。かなり大変だったと思いますが、“できない”とはまず言わないところが、こちらの社長さんのすごいところ。結局、経糸を双糸(そうし)にし、後加工も工夫して、軽くてしなやかだけど強さもある、というバランスを実現してくれたんですよね」。

一村さんのいう双糸とは、2本の糸をより合わせて1本にした糸のこと。通常のデニムが1本どりの「単糸」を使うのと比べると、贅沢な仕様です。

3000本を越す双糸の経糸(たていと)がかけられたエアー織機。

「つくってみたい」という好奇心をエンジンに

それだけのトライアルが可能だったのは、こちらの織屋さんに、10年ほど前からさまざまな変わり織に挑戦し続けてきた経験があるからこそ。いろんな展示会や売り場を見て歩いて、アパレルのニーズにアンテナを張ったり、機械にも投資したりと、その研究熱心さは折り紙付きです。

一村さん
「やっぱり、“ほかにはないものをつくってみたい”という気持ちが強いからでしょうね。「ありがたいなと思うのは、こちらの織屋さんは、多品種小ロットのものづくりに迅速に対応できるよう、ものすごくたくさんの種類の先染め糸を、普段からビーム(織機で使う巨大な筒状の経糸用ボビンのこと)に巻いた状態で置いててくださるんです。それがあるからこそ試し織りも早い。“こんなものがつくりたいんだけど”と言って、糸を染めるところからやっていたら、それだけで2〜3ヶ月かかってしまいますからね。でも、それだけの経糸をビームの状態で管理しておくって、場所もコストもかかる、すごい覚悟のいることですよ」。

一村さんが語っていた機動力が秘密はこれ。色も素材感も違う何種類もの経糸が、こうやってビームに巻かれ、広大な倉庫の端から端までぎっしり並んで出番を待っています。

若い世代へと受け継がれていく、産地の心意気

織屋さんの工場内を歩いていると、若い世代がたくさん働いているのが目に入ります。デニム産地としては高い認知度を持つ備後ですが、繊維産業にのしかかる厳しさはここも例外ではなく、廃業する会社も少なくないのが現状です。そんな中で、「設備にも人にも投資する」という姿勢を貫き、年々成長を続けている姿勢。それこそ、菱友商事さんが絶大な信頼を寄せるゆえんです。

一村さん
「最近は、提携されていた修整屋さん(反物を人の目で検品して不良品をはじいたり、手直しを加えて織キズを修復する専門職)が廃業されることになって、なくなっては困る仕事だから、ということで、こちらの工場内に吸収されたそうです。本当に頭が下がりますよね」。

菱友商事の一村さん(左)と、パートナー織屋の若手スタッフ。

一村さんも工場の方々も、語り口は朴訥としていますが、言葉の端々から布づくりに対する思い入れが伝わってきます。かつての絣のように、気取らず楚々としてどんな人にもしっくり似合うインディゴの先染め織物。その伝統を支える人々のまっすぐな心意気は、次の世代にも着実に受け継がれていくことでしょう。

「インディゴからみ織」の商品はこちら

暮らしの布図鑑の他の記事

石見銀山 群言堂