旬の味覚を味わうとき、見えてくる風景がある——。この里山の風土に息づく味な物語を訪ねるシリーズ第4回目は、穴子。ここ大森町からもほど近い大田市の近海で水揚げされる天然の真穴子は、「大田の大穴子」の異名をとるほど、大きくて肉厚な身が特長です。この美味の向こうにある物語を知りたくて、私たちは海へ向かいました。
旬の味覚を味わうとき、見えてくる風景がある——。この里山の風土に息づく味な物語を訪ねるシリーズ第4回目は、穴子。ここ大森町からもほど近い大田市の近海で水揚げされる天然の真穴子は、「大田の大穴子」の異名をとるほど、大きくて肉厚な身が特長です。この美味の向こうにある物語を知りたくて、私たちは海へ向かいました。
山に囲まれて暮らす私たちですが、実は昔から、新鮮な海の幸も身近な存在です。というのも、ここ大森町から車を少し走らせれば、そこはもういくつもの漁港が点在する海岸線。温暖な対馬海流と栄養塩豊富な日本海の海水が混じり合う大田市の近海は、バラエティ豊かな魚介類が生息する国内有数の漁場なのです。
そんな大田市の海産物の中でも、近年注目を集めているのが天然の真穴子、別名「大田の大穴子」です。国内有数の漁獲量を誇っているだけでなく、その大きくて厚い身は、初めて見た人なら目を丸くするほど。太平洋側で獲れる、いわゆる江戸前の穴子がだいたい30〜40cm程度であるのに対し、大田の大穴子は50cmを超えるものが中心となっており、1.5〜2倍ほども大きいのです。そしてこの穴子は、他郷阿部家の料理人・小野寺拓郎にとっても、魅力的な食材のひとつ。
小野寺
「肉厚で食べ応えがあって、脂ののりも格別。こんないい穴子が、普通のスーパーとか道の駅にも並んでいて簡単に手に入るのは、この地域ならではですね。水揚げ後すぐにさばいてきれいに下処理してあるから、ぬめり取りの手間もいらず調理が簡単にできるんです」
そんな「大田の大穴子」ですが、地域特産品として日の目を見るようになったのはわりと最近のこと。そのいきさつを深く知る方に会いに、私たちは五十猛(いそたけ)町に車を走らせました。
群言堂から車で20分ほどのところにある五十猛町は、大田市の漁師町のひとつ。そして国生み神話において、スサノオノミコトとその子・イソタケルノミコトらが上陸したと伝えられている土地でもあります。車を降りたとたん潮の香りが鼻をくすぐり、胸がわくわくしてきます。
私たちが訪ねていったのは、鮮魚や干物を扱う水産加工業者「勝部商店」の勝部義光さん。雄大な海が目の前に広がる工場では、近海で獲れた新鮮な魚が、次々と手際よく処理されています。近くの市場で直接買い付けた魚があれこれ詰まった、勝部商店オリジナルの「鮮魚ボックス」は、飲食店のプロはもちろん個人客までファンが多く、全国から注文が入るそう。
勝部商店の先代社長、勝部義光さん。戦後、満州から引き上げてきた勝部さんのお父さんが、この地で魚の行商を始めたのが家業の始まりとか。
勝部さんが早速、穴子の下処理を見せてくださいました。どれも丸々と太った、見るからに活きのいいものばかり。
勝部さん
「これでだいたい700gぐらいはあるけど、もっと大きいのだと2kgぐらいあるやつもいます。ここらへんでは穴子は1年中獲れるんですよ。夏はかご漁で、それ以外の季節は底曳き網漁でね」
機械でふたつに割られた穴子の身は、指を入れてスーッとすべらせるだけで骨が外れ、内臓も軽くこそげるだけできれいにはがれます。この新鮮さは、小型船の一日漁で獲ってくる穴子ならでは。それを時間をおかずにさばいて、すぐに冷凍しているのがおいしさの秘密です。
勝部さん
「大型船で沖合まで行って獲ってくるやつだと、こうはいかない。漁港に戻ってくるまでに3日から1週間はかかりますから、内臓の色が身にも移ってしまうんです」
「今から白焼きにするから、ちょっと食べてみて」と勝部さんから声をかけられ、思わず頬がゆるむ私たち。勝部さんが先ほどさばいたばかりの身を焼き網に挟み、グリルの火にくべると、みるみるうちに身が収縮し、一層肉厚になっていきます。あっという間にできたての白焼が目の前にあらわれました。
さばいたばかりの穴子を目の前で焼いていただく幸せ!熱が加わると身がさらに肉厚になります。
箸でひと切れつまんで口に入れてびっくり。弾力のあるふっくらした食感から、噛むほどにうまみがじわーっと溢れてきます。近年、太平洋側での穴子の漁獲量減少が伝えられている中、こんなにおいしい穴子が近海で獲れるというのはなんと恵まれたことでしょう。
もともと大田市は、朝出航して近海で獲った魚をその日のうちに売りさばく「晩市」の風景が名物となっていたほど、一日漁の盛んな土地でした。そんな大田市の新鮮な海の幸を全国にPRしようと、2012年には地元の水産加工会社さんが中心となって、「おおだ一日漁推進協同組合」が発足。勝部さんもメンバーとなって、勉強会や販促イベントを行ってきました。
「ただ、首都圏まで出向いて一日漁だなんだと言っても、漠然としていてなかなか響かない。そんな時に、島根は穴子の漁獲量が全国トップだということを知ったんですよね。それで大田市の商工会議所さんも動いてくれて、穴子を地域ブランドとして盛り上げていこうとなったのが6年ほど前です」
組合の努力もあって、大田市内には穴子料理を出す飲食店が少しずつ増え、最近では、道の駅を舞台に、住民が楽しめる「大あなごフェス」なるものも開催されるまでになりました。
しかしその一方で、あらがえない時代の変化もありました。効率化を求める流れの中で、2020年に晩市が廃止され、朝市に一本化されたのです。晩市があった頃のことを、勝部さんはこんなふうに話してくれました。
勝部さん
「晩市のせりで買われた獲れたての魚が、夜のうちにトラックで運ばれて翌朝には関西やら九州やらの市場に並んどったんです。晩市が開かれてた頃は夕方も賑やかでしたねえ。せりが始まるのが6時でしょ、だから仕事終わって家に帰ってくるのが夜10時とか。それから晩飯食って、一杯飲みながら帳面つけて、11時半に寝て、それで朝4時に起きて仕事ですから、大変でした」
市場から直接買い付けた鮮魚を急速冷凍し、新鮮なまま全国各地へ。勝部商店の「鮮魚ボックス」は全国から注文が入る人気商品です。
晩市がなくなり、朝市に一本化されたことで「ようやく世間一般の人の暮らしに近づいた気がした」と笑う勝部さんですが、その一方で、何十年と続いてきた伝統が失われていくことに寂しさを感じてもいるそう。50年前には78隻操業していた小型底曳き船も、今は29隻に減り、漁師の廃業も増えているといいます。せめて地域ブランドとなった大穴子が、「一日漁」にかけるこの地の心意気を、全国に伝えてくれたら。それがこの漁師町の願いなのかもしれません。
ふっくら肉厚の身に甘めのタレがからまる煮穴子は、ご家庭でもっともつくりやすいレシピのひとつ。煮上げる途中で実山椒を加えると、刺激がほどよくきいて、ごはんにもお酒にもよく合います。「生クリームの入ったマッシュポテトをひと口サイズに丸めたものに、この煮穴子をのせると、ちょっとしゃれたおつまみになりますよ」と小野寺。ぜひお試しください。
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