時の贈り物を味わうように。錆び朽ち果ててなお美しく| 登美さんからの手紙

田んぼの脇にしつらえた炭窯の前に、ずらりと並ぶ「十六羅漢」。私のお気に入りの風景です。

 この地を訪れたことのある方は、町のあちこちに、何やら人懐こい表情をした鉄の彫刻が立っているのをご覧になったことがあるでしょう。作者は彫刻家・吉田正純さん。正純さんとの出会いは、今から40年近く前にさかのぼります。

当時、別の町で「教員・住職・美術家」という三足のわらじ生活を送っていた彼は、ある時大森町を訪れ、私たちのお店の2階ギャラリーで開かれていた写真展に足を運んでくれました。そして、写真展以上に空間がすっかり気に入った彼は「ここで展示をしたい」と申し出てくれたのです。こうしてお付き合いが始まり、やがて正純さんもこの町に移住して、私たちの「正純コレクション」は少しずつ増えていきました。

「地の精霊」や「羅漢(悟りを開いた仏弟子)」をテーマとする正純さんの彫刻は、あらかじめさまざまな環境で酸化させた鉄を使用しています。そんな彼の作品は、野に置いてこそ美しい。雨風にさらされ、錆びてなお魅力的になってゆくのです。

だから作品を受け取った私の役目は、彫刻の声に耳を傾け、どこに置くのがふさわしいかを考えること。田んぼの中に置いてみたり、山の斜面に置いてみたり、あれこれ試してみるうち、作品が「ここ」という場所を得て、自然と根を下ろしてくれる瞬間が訪れます。それはまるで、草の種が地に舞い降りて根づくように。

 今やこの町の風景の一部となっている正純さんの作品ですが、単に自然に同化しているわけではありません。いわば「和して同ぜず」。唯一無二の異彩を保ちつつも、決してこれ見よがしではなく、泰然と周囲と調和し、共存しています。それは時間だけがつくれる境地であり、人の作為などとうてい及ばないものだと思います。

 正純さんの彫刻の美しさは、里山の自然の中で絶えず更新を続けています。まるで白いストールをかけたようにうっすら雪化粧した姿や、灼熱の太陽の下、ホースで水をかけた後にぱあっと虹が出る瞬間。四季折々に思いがけない表情を見せて、私をときめかせてくれます。

昨今、世間は老いから目を背けるようにアンチエイジングが花盛りですが、朽ちていくものには、若さにはない特有の美しさがあるはず。だから私も、諦める、でもなく、あらがう、でもなく、ありのまま受け入れて、日々新鮮に、遊ぶように生きたいのです。

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