島根県のものづくりの現場より:プロローグ|島根の作り手たち

群言堂のある島根県には、毎年多くの人が移住してきます。彼らは何に魅せられて、この土地での暮らしを選ぶのでしょう。

道端の野の花を摘んで帰り、部屋に飾る楽しみ。晴れ間の空をゆっくりと見上げる喜び。

島根には都会のような便利さはないけれど、なにもないからこそ感じられる幸せがある。群言堂はそう考えています。

私たちがものづくりをする根底にあるのは、そんな島根の魅力を伝えたいという想い。本連載「島根の作り手たち」では、島根の日常に寄り添い、生活を彩るものたちやものづくりの現場をご紹介。

プロローグとなる初回は、復古創新を掲げて島根の暮らしに根ざしたものづくりを展開する群言堂の哲学に迫ります。

峰山 由紀子(みねやま ゆきこ)

株式会社石見銀山生活文化研究所 代表取締役所長
群言堂・創業者である松場大吉・登美の次女。

人は、自然の美しさ、やさしさに触れると、幸せを感じるようにできています。暮らしのなかで、ふとした瞬間に自然を感じて頂きたい。その想いを群言堂は「私の里の、はな/とり/かぜ/つき」と表現しました。

花鳥風月とは、自然の美しさを愛でる言葉。この言葉には、日常生活に比べるとちょっと特別な、古典的で雅なニュアンスが感じられます。では“はな/とり/かぜ/つき”と一つひとつの言葉にしてみたらどうでしょう。とても身近で、誰にとっても肩肘をはらずに愛しいと思えるものに変わりませんか。

“私の里の”としたのは、心に浮かべる自然のかたちは人それぞれだから。花と聞いて想像するのが、大輪の花でも野の花でも。月を見て美しいと感じるのが、光でもその影でも。

2024年7月31日にOPENした「石見銀山 群言堂 暮らしの旅へ」 KITTE大阪店

日々暮らしている場所で、何気ない幸せを感じて頂きたい。KITTE大阪の新店舗「石見銀山 群言堂 暮らしの旅へ」は、そんな願いを込めて生まれました。品揃えコンセプトは、“日々使って、眺めて、楽しんで、こころが満たされるものを”。

店内には野の花を生活に添える提案をする「野の花に捧げるピッチャー」など、新たな気づきに出会える商品が並びます。

野の花に捧げるピッチャー

峰山:
「大切にしているのは、一目惚れできるかどうか。便利だからではなく物語性やコンセプトに共感して、商品を手に取っていただけたら。店内には生活必需品や利便性を追求した商品はほとんど置いていません。

むしろ手間暇をかけなければならないものが多いと思いますが、可愛がるからこそ愛着が湧き、長く使うほど大事な相棒のようになっていきます。手元に置いて暮らすことで山陰の生活文化を感じられるものと出会っていただきたいです」

西洋の生活様式に日本の美を加えたものづくり

ものづくりのテーマである「私の里の、はな/とり/かぜ/つき」とともに、群言堂は日本ならではの感性を大切にしたものづくりに取り組んでいます。それは洋服やコーヒーといった西洋の文化が根付いている昨今、日本らしさを暮らしに取り入れることで表現できる美しさがあると考えるから。

「100年使えるものづくり」を追求してきた木工房オークヴィレッジとのコラボレーションソファ

例えば、群言堂がオークヴィレッジさんとコラボレーションソファを作ったときのこと。当時、オークヴィレッジさんが作る家具は、明るい無垢材を使用したものが人気とのことでした。長く暗い冬を過ごす西洋では白く明るい色調の木材が好まれてきた一方で、日本が古来から親しんできたのは柿渋色のような深い茶色の木材です。

オークヴィレッジさんと群言堂とのコラボでは端正なデザインを活かしつつ、木材には木目を引き立たせながら拭き漆による仕上げをおこない、藍染に刺し子をほどこしたカバーと組み合わせることで西洋の文化と日本の伝統を共存させました。

海外の生活文化と日本人の感性が組み合わさることで、現代の暮らしに寄り添うデザインが育まれます。群言堂は島根の自然を愛する暮らしから育まれる日本の美を届けていきたいと思っています。

峰山:
「島根には自然の恵みに感謝する文化があります。湿度が高く、苔が生えた景色を美しいと思えること。家の中でも幸せを感じられるような暮らしの楽しみ方を考えるところ。ぽってりとした器をつくるところも、北欧と共通していると思っています。

自然に対して感謝する気持ちを持って暮らしていると、便利さとはまた違う価値基準でものづくりができる。それが『暮らしに馴染みやすい』『格好つけていない』といった群言堂らしさに繋がっていると思います。」

あるものを生かす群言堂のものづくり

美しいものに囲まれ、愛着を感じながら暮らすことは人を幸せにする力があります。本来、ものには人を幸せにする力があるにもかかわらず、その力を感じることなく使い捨てにしがちな現代の生活に寂しさを感じます。

水漏れせず持ち運びに便利な竹製品や木製品は、近年その多くが失われてきました。プラスチック製品の台頭によって、便利で簡単に手に入るものがあればそれでいいという暮らし方が一般化したことが大きな要因。プラスチック製品の美しくない経年変化に気づきながらも、古くなったら買い換えればいいという考え方が定着しています。

いっぽう、自然素材から作られたものは使い込むほど美しくなります。木や紙、石など優れた素材産業を数多く抱える島根県で群言堂が目指しているのは、こうした素材を暮らしに取り入れたくなる役割を与えること。

そのものづくりには、島根の人々の生き方も反映されます。今ここにあるものとここにいる人たちで幸せを生み出そうという、この土地ならではの考え方です。

峰山:
「酒屋があるから日本酒に合う美味しいものを考えよう、陶芸工房があるから島根の料理に合う器を作ろう。それでいいと思うんです。人との出会いが少ない地方だからこそ、それぞれの能力を引き出し、お互いに楽しみながら一緒に何かをしたいと思える関係性が築ける。目的を持ってものを作るのではなく、限られた資源と人を活かすことが大事ですね」

便利さとは異なる価値のモノサシをもって、生活を楽しむヒントを提案できるのではないか。そんなことを想いながら、ものを通して、島根で暮らしているからこそ感じられる幸せを表現しています。

自然とともに生きる喜びは、海や山に囲まれていなければ味わえないものではありません。どんな場所にも、日常の中にも存在する。そのことに気づき、感じることができれば、私たちの日常はもっと彩り豊かなものになるでしょう。

島根から復古創新したものたちが、あなたの里にもある“はな/とり/かぜ/つき”と触れるきっかけとなりますように。

photo : watanabe hidemori

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