07 遠州の注染絣【静岡県】|暮らしの布図鑑

単色の普通糸3~4本に絣糸1本の割合で織り込んだ格子柄は、見れば見るほど味わい豊か。

ただのブロックチェックとはどこか違う、揺らぐ光と影を織り込んだような味わい。何年も着込んで洗いを重ねた先には、さらにいい表情になりそうだな、と思える色合い。静岡の福田織物さんとつくった「注染絣(ちゅうせんがすり)マス柄」は、そんな不思議な魅力を持った布です。「人を感動させる布をつくりたい」という福田織物さんのものづくり、覗いてみましょう。

綿織物の伝統を受け継ぐ遠州にて

三河(愛知)や泉州(大阪)と並んで、古くから日本の三大綿織物産地に数えられてきた遠州(静岡県西部)。ご当地には、その伝統を受け継ぎ、今もなお綿織物の可能性を広げようと挑戦を続けているつくり手の方々がいます。そんな工場のひとつが、掛川市に拠点を置く福田織物さん。群言堂が30年以上も頼りにしている機屋さんで、一緒に「注染絣」をつくるようになったのは、今から約20年ほど前の2000年頃のことです。

安定した織りのため、常に温度と湿度が一定に保たれている福田織物さんの工場。それでも最後にものをいうのは、長年の経験と肌感覚です。

そもそも絣とは、染め分けをした「絣糸」を使って織り上げるもの。模様の輪郭がかすれて見えることが名前の由来と言われています。かつては日常着の代表的存在でしたが、布の要である絣糸づくりに非常に手間がかかるため、今や絣自体がすっかり影をひそめています。

そんな中、群言堂は「絣の素朴な味わいを現代に合う形で生かせないか」と思い続けてきました。いかにも絣、な民芸調とは違う現代感覚を求めてたどり着いた2024年の最新形は、「注染絣マス柄」。黄色と緑の2色に染め分けた絣糸を縦横に織り込んで、極細の線の中に、繊細な色の揺らぎを与えています。

注染で絣糸をつくる、という発想の転換

注染とは本来、白生地に防染糊で「土手」を作り、必要な箇所だけに染料を注ぎかけて染める手法。遠州では、浴衣や手ぬぐいの染めに使われてきたおなじみの技でした。とはいえ、生地染めに使われていた注染を、糸染めに応用して絣をつくろうとしたのは、まさに発想の転換。

この世界に飛び込んで約40年になる福田社長。織物のことを語り始めたら止まりません。

「30年ぐらい前までは、遠州でも絣が織られていたんですよ。ただ絣糸づくりは、「くくり(束にした織り糸を、きつく縛って防染してから染め分けをする伝統的技法)」ではなく、凹凸のローラーを使った捺染(プリント)でやっていました。そのうちそれもなくなってしまったので、染工所にお願いして、特別に注染で絣糸をつくってもらうようにしたんです」。

そんなふうに話すのは2代目社長の福田靖さん。初めの頃は遠州の注染職人の手作業で絣糸を染めていましたが、次第に継続が困難になり休止。15年ほど前から機械注染に切り替えていますが、それでも手のかかる贅沢な糸づくりであることには変わりありません。

注染で絣糸をつくるには、

①糸を晒して白くする
②単色(地の色)に染める
③狙ったピッチに合わせて、注染で別色を差す
④糸に糊付けをしてボビンに巻き、織機にかける準備をする

という工程を経る必要があります。さらに言えば、②と③は別々の染工所で行われており、注染に際しては、作業に適した形状に糸を巻き直す必要もあります。福田織物さんは、それらの連携プレーの核となり、各工程の指示出しを行っているのです。

これが黄色と緑の2色で染め分けされた絣糸。綿麻の糸も、福田織物さんの厳しい目で選んで仕入れています。

福田さん
「絣糸をつくるのは普通の先染め糸の2.5倍の手間がかかります。簡単に染め直しもきかないし、糸を見て色が濃いとか薄いとか感じても、織物にしたらまた印象が違ったりするので判断がむずかしいんです」。

絣という文化を途絶えさせないために

染め上がりや織り上がりの予測がむずかしく、デザイナー泣かせでもある注染絣。そんな事情もあって、群言堂でもしばらく注染絣をつくっていない時期がありました。

福田さん
「このまま絣糸を使った洋服がつくられなくなっていくとしたら寂しいなと思っていました。ですから、“また注染絣をやりたい”ってお話をいただいた時はうれしかったですね。群言堂さんには、こういう昔ながらの技術を使った糸を、時代に合ったデザインにする力があるでしょう。そういう生地を一人でも多くの人に手にしていただくことで、絣という文化が一部でも残る仕組みをつくりたい。一度途絶えてしまうと、再現もできなくなってしまいますから」。

単色の普通糸3〜4本に絣糸1本の割合で織り込んで、ニュアンス豊かな表情を生み出します。

そんな福田さんの思い入れも詰まった、久しぶりの注染絣。たくさんの人の手をリレーされて染め上がった絣糸を受け取ったら、いよいよ機屋である福田織物さんの本領発揮です。工場長の吉川真琴さんをはじめスタッフが目を光らせる中、糸に負担をかけないよう、回転数を落としたレピア織機で、丁寧に注染絣が織り上げられていきます。

最初に織り上がった一反は、バックライトで照らしながら、4〜5人がかりで織りキズをチェック。

つくる側もハラハラドキドキ、胸をときめかせていたい

注染絣の製作工程に触れて、改めて思うのは、効率だけを考えたらとてもできない仕事である、ということ。そんな手間のかかる仕事に、あえて福田さんが取り組むのは、「人を感動させる布をつくりたい」という思いがあるからです。

そんな挑戦心あふれる姿勢を見込まれ、最近では映画の衣裳用の特注生地を依頼されることもあるという福田織物さん。たとえば古代中国の粗末な服を再現するために、海外に別注した紡績糸を使ってみたり、衣裳デザイナーの注文に応えるためには、糸づくりや織り方をゼロから考えなければならないこともあるそう。

新たな布づくりについて、吉川工場長と話す福田さん。

福田さん
「実はその衣裳デザイナーさん、群言堂さんをきっかけにうちのことを知って、連絡をくださったんですよ。何軒かの工場には、“そんなややこしいことできません”って断られたそうですけど、そんないきさつだったら、うちとしては断るわけにはいかない(笑)。

生地のつくり方から考えるわけだから、工場長は産みの苦しみで大変な思いをしてるだろうけど、できた時の喜びや満足感は大きいと思うし、自分の若い頃を見てるみたいでこっちも楽しいですよ。そういう苦労をしてこそ成長するし、次のクオリティが育つのでね」

何千本もの綜絖(そうこう)に経糸を通す経通し(へどおし)の作業は、織り仕事の土台。何時間もかけて人の手で行います。

あちこちで技術継承が困難になり、繊維のサプライチェーンも先行き不透明さを増す時代だからこそ、今やれることをやらなくては。そんな福田さんの言葉から、つくり手としての覚悟が伝わってきます。「古いものを今に生かす群言堂さんの感性と一緒に、うちも悩んだりハラハラドキドキしたりしながら、誰にも真似できない布をつくっていきたい」と語る福田織物さん。心ときめく布を求める私たちの「復古創新」が、皆さまの心にも届きますように。

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