生地の内側から艶めくような印象を与える「ルポワン染め」。フランス語で「点」をあらわすその名のとおり、糸のところどころに白い点が見え隠れする先染め糸を織り上げた生地で、麻のカジュアルさと上質なおしゃれ感を兼ね備えているのが特長です。
生地の内側から艶めくような印象を与える「ルポワン染め」。フランス語で「点」をあらわすその名のとおり、糸のところどころに白い点が見え隠れする先染め糸を織り上げた生地で、麻のカジュアルさと上質なおしゃれ感を兼ね備えているのが特長です。
群言堂でも長年おなじみのこの染めを手がけるのは、琵琶湖の湖東地域の老舗・澤染工さん。近江は、古く室町時代から麻織物の産地として名を馳せた土地ですが、その鍵となったのはやはり風土でした。染めや織り、精錬に欠かせない「水」が豊富にあることはもちろん、霧が多く湿潤な気候もまた、切れやすい麻を織物にする上で大いに助けになったといいます。
澤染工の代表を務める澤宏一郎さん。
「このあたりでは、どこの家でも工場でも、水の蛇口がふたつあるんですよ。普通の水道水と井戸水のね」。そう話すのは現代表の澤宏一郎さん。1930年(昭和5年)の創業以来、90年を越す歴史を受け継ぐ4代目です。
「表情に味のある先染め糸をつくりたい」。そう考え試行錯誤を繰り返していた澤さんが「ルポワン染め」の技法を編み出したのは、今から20年前の2003年のこと。その発見はまさに偶然の産物として澤さんの前にあらわれました。
「要は失敗作がヒントになってるんですよ。普通の染工所だったら怒られるようなやり方ですから」と澤さんは笑って当時を振り返ります。この変則的な染めを市場に出すにあたっては不安もあったそうですが、群言堂の定番「もみほぐし麻」でおなじみの滋賀麻工業さんなど、地場のメーカーがこぞって取り入れて製品にしてくれたことが支えになったといいます。
染めの現場にお邪魔してみると、約50年前のものだという古いカセ染めの機械が今も活躍中。「カセ」とは、一定サイズの枠にぐるぐると糸を巻いた後、枠材を外して糸だけの束にしたもののこと。そのカセを機械の中で回転させながら、上下から染液をシャワーのように浴びせ、約6時間かけて染めてゆくのです。
約50年前の古いカセ染めの機械をメンテナンスしながら使っています。リネンの白糸のカセを全部で24本、糸の向きに逆らわないよう人の手でさばきながら丁寧にかけて。
若い職人には、しっかり糸に触って感じることを大切にしてほしい、と澤さん。慣れてくると、触るだけで糸の番手がわかるようになるそう。
「チーズ染め」と呼ばれる効率的な大量生産方式と比べると、時間も手間もかかりますが、カセが染液の中で泳ぐ「遊び」があるため糸に負担をかけず、やわらかい風合いに染め上がります。そこに加えて、特殊な染料の配合により、糸表面はしっかり染まりながらも、糸の芯までは色が入り込まないようコントロールしているのがルポワン染めの最大のポイント。これにより、糸の芯の白さが点のようにところどころ浮き上がって見えるというわけです。
ルポワン染めの糸。糸の芯の白さがところどころ浮かび上がって見えます。
「機械のクセが1台ごとに違い、染め上がりも微妙に違うので、そのクセを読んで色を調合する必要があるんです。あとは地下水も季節によって変化するからそれが色に響いたりもします。」と澤さん。デジタルな数値だけでは管理できない「色合わせ」の奥深さが伝わってきます。
その後、カセを機械から出したら、染料と糊を含んだカセを人の手でさばいて伸ばし、温風に当てて乾かします。その後、糸巻きに巻き取って織機にかけられる状態にして、ようやく織工場に送り出されるのです。ひとつの工程がおざなりになると、後工程に影響してくるため、気を抜けません。
染め上がった糸の束に空気を入れるようにパンパンと力強くさばいてほぐします。糸同士が糊でくっつくのを防ぐと同時に、糸のねじれを直すことで、後の糸巻き工程がやりやすくなるのだとか。
きれいにさばいたカセを布に包んで乾燥機に通します。まるで赤ちゃんをお世話するようなやさしい手つきで、そっとカセをそっと扱う姿が印象的。
乾燥したカセを糸巻きに巻き上げる作業。地域の内職への外注によって支えられてきたこの糸巻き、最近は高齢化で人材が減っているため、澤染工では自社内でも人材を育てています。
しかし澤染工さんも、かつてはこのカセ染めの機械を手放すことも考えたことがあるといいます。
「ちょうど2000年頃のことです。当時は織物の生産現場がどんどんコストの安い海外に流出していた時期。うちもチーズ染め専用の工場を建てたところでしたし、父はもうカセ染めはやめようと考えたみたいなんですが、僕が”もったいない”って言って止めたんですよね」
その「もったいない」の精神から、ルポワン染めという新しい価値が生み出されたのが面白いところ。群言堂が常日頃から大切にしている精神とも、通じ合うものを感じます。
子どもの頃は、糸が山積みになった工場が遊び場だったという澤さん。大学卒業後に他の繊維会社でしばらく経験を積んだのち、家業に戻ったのが1993年のことでした。
「一人前になるのに10年はかかりました。というか、染色が面白いと思えるまでに10年ですね。糸が織物になって整理加工される時にちょっと色が落ちる分も想定して色を上げなきゃいけない。そこで頭の中にある理想の色に、どれだけ近づけるかっていうのがむずかしくて、また面白いところでもあります。色の出方って、染液の温度や季節、気候によっても変わるけれど、自分の気持ちも少なからず影響してしまうんです。ベテランはその点ブレが少なくて目標とする色への到達が早いですよね」
先代から社長の座を受け継いで数年経った現在、澤さんの最大のテーマは、若い人を育てること。そのためにも、ものづくりの楽しさをいかに伝えるかを考え続けています。
「この地域には麻製品をつくるためのものがすべてある。まずは水。そしてうちのような染工所があり、機屋さんがあり、整理加工場もある。ひとつの産地だけでものづくりが完結しづらくなっている今、これは貴重なことなんです。糸巻き工程を手がける方が減っているという悩ましい問題もありますが、やっぱりこの仕事を持続させていかなあかん、とね」
今はルポワン染めの進化形を考案中だという澤さん。近江の伝統と遊び心から、どんなものづくりが生まれるのか、私たちも楽しみでしかたありません。
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