どうして日本人は、こんなに「温泉」が好きなのだろう。温泉に浸かるという行為は、誰かに働きかけられずとも、本能的に求めてしまう気がする。
歴史を遡れば、古事記や日本書紀にも温泉の記述が残っているそうで、奈良時代には今でも名湯とされる全国の温泉地が、多くの人に楽しまれていたようだ。
あくまで文献に残っているのは奈良時代からだが、はるか昔の縄文時代にも温泉を楽しんでいたと思われる形跡が出土しているそうだ。日本列島の縄文人たちが狩猟採集で疲れた身体を温泉で癒やしていたと思うと、僕たちの本質は1万年経ってもそう変わっていないのではないかと思ってしまう。
南阿蘇村での暮らしも、温泉抜きには語ることはできない。この村は栃木、垂玉、地獄、大阿蘇火の山、白水の5つの温泉からなる「南阿蘇温泉郷」なのだ。
活火山のカルデラの中に暮らすということは、足元ではつねに火山活動が盛んに行われていることになる。実際、地下6キロメートルにはマグマ溜まりがあると推定されている。周囲に降った雨水は地下に浸透したあとに、このマグマ溜まりに近づき高温になる。その際にマグマのガス成分や熱水溶液が混入したり、地下を流れている間に周囲の岩石成分を溶解するなどして「温泉」となって地表に湧いてくる。温泉もひとつの自然の循環なのである。
こちらのコラムで紹介したが、阿蘇の豊富な湧き水は野焼きによる草原管理や、水田によって維持されている。自然環境に人の手が入ることで雨水が地下に浸透しやすくなっていることが、豊富な湯量の温泉にも繋がっているのだと思われる。
南阿蘇村の温泉の中でも、家族で頻繁に浸かっている温泉が「地獄温泉」だ。「旅館 青風荘.」の敷地内で湧いている温泉で、その中でも「すずめの湯」と呼ばれる露天風呂は、なんと湯船の足下から温泉ガスと一緒に源泉が湧いている。源泉かけ流しの中でも最上級だと思う。
すずめの湯は湯浴み着を着て入る男女混浴となっていて、友人や家族と一緒に浸かることができる。老若男女関係なく、湯の底から湧く温泉を全身で味わっている光景を見ると「地獄温泉だけど、これぞ極楽」と思ってしまう。
また、すずめの湯のそばには、冷たい温泉である「冷泉」も湧いている。温泉にゆっくり浸かって身体の芯まで温まったところで、この冷泉に飛び込み、外気浴で気持ちのいい風に吹かれる交互浴が最高なのだ。整うどころか身も心も溶けてしまう。これまで何人もの友人たちにこの極上体験をしてもらった。
この地獄温泉は長い歴史があり、200年前から湯治場として愛されてきているそうだ。先日、湯船で出会ったおじいちゃんに「いつから通われてるんですか?」と聞いてみたら「50年通っている」という返事をもらって驚いた。それだけの力がこの温泉にあるということだ。
そんな地獄温泉だが2016年の熊本地震と、その2ヶ月後の豪雨災害によって旅館や温泉が壊滅的な被害を受けてしまった。その後、旅館経営者である河津3兄弟の皆さんが、自分たちの代で途絶えさせるわけにはいかないと、不屈の精神で再建したのが今の「地獄温泉青風荘.」だ。震災から4年後の2020年4月にリニューアルオープンした。
災害時、「すずめの湯」だけは土砂崩れの被害を免れた。湯船の底から源泉が湧く「奇跡の湯」に今も浸かることができることは、本当に有り難いことなのだ。
これからもこの地に訪れた友人たちには、ぷくぷくと湧く源泉に浸かって、現代社会の疲れを癒やしてもらいたいと思う。
植原 正太郎
うえはら・しょうたろう
1988年4月仙台生まれ。いかしあう社会のつくり方を発信するWEBマガジン「greenz.jp」を運営するNPOグリーンズで共同代表として健やかな経営と事業づくりに励んでます。2021年5月に家族で熊本県南阿蘇村に移住。暇さえあれば釣りがしたい二児の父。