第二話 9万年前の誘惑|南阿蘇の水に呼ばれて 植原正太郎

阿蘇に足を運んだことがない人でも、この地に「活火山」があることはご存知だろう。昨年10月にも噴火し、世間のみなさまを驚かせた。

噴火時、僕は家の中でリモートワーク中だったので、まったく気づかずに黙々とPCに向かっていた。すると、友人たちから「阿蘇が噴火したらしいけど大丈夫か?」とSNSで次々と連絡をもらって事態に気づいた。

家を出て、阿蘇の山の方を見ると、たしかに噴煙が上がっていた。

噴火時に家から飛び出して撮った阿蘇・中岳方面

テレビをつけると、どの局でも噴火に関する緊急報道を流していた。大迫力の噴火映像に、我が家も緊張感が高まる。

一方、近所の人は「いつものこと」という感じで、注意はしているものの慌てふためいてる様子はない。新参者の僕たちは面を食らった。

実際、あの噴火は国立公園内に収まっていたので、生活者や民家への影響はほとんどなし。風向きによって火山灰が降ったエリアはあったが、翌日には清掃車が稼働して一掃していた。

移住してから半年も経たないうちに、活火山のそばに暮らす感覚を味わうことができた。

阿蘇のカルデラには阿蘇市、高森町、南阿蘇村の3市町村が所在し、直径20kmの凹地(くぼち)に約5万人が暮らしている。カルデラの中にこれだけ多くの人が暮らしていることは、世界的にも稀だそうだ。

向こうに見えるのが外輪山。つまり、あそこまでがカルデラ

さて、このカルデラはいつ形成されたのだろうか?

阿蘇の山は、今から27万年前から9万年前にかけて4度にわたる大噴火を起こしたとされている。

9万年前に起きた4度目の大噴火はケタ違いの爆発だったそうで、火砕流は九州全土、遠くは山口県秋吉台まで到達。火山灰は風にのって朝鮮半島や北海道にまで降り積もった。
日本のどの地層を掘っても阿蘇の火山灰が堆積していると考えると、その凄さがイメージできるかもしれない。あらゆる動植物に死を与えたはずだ。

そんな破局的な噴火によって形成されたのが、現在の阿蘇のカルデラなのだ。

たまに近所を散歩しながら「自分が立っているこの場所は、かつての大噴火の跡なんだ」と想像すると、そのスケールに圧倒される。

規制がなければ阿蘇・中岳の噴火口まで立ち入ることができる。

なぜ僕たちが南阿蘇村に移住したのか。つまるところ、9万年前の大噴火に誘惑されたのかもしれない。

せいぜい100年くらいの時間軸しかもたない僕たちに、阿蘇という土地は何万年という単位の地球の息づかいを感じさせてくれる。

大噴火によってもたらされた景色・湧き水・温泉は日本中から訪れる人たちを癒やす。

もちろん活火山の脅威はいまも隣り合わせだが、単純な「差し引き」では計算できない恵みがここにはある。

南阿蘇村も寒かった冬が終わり、小鳥たちが春を謳っている。旅で訪れるにはいい季節になってきた。

まずは友人たちをこの土地に誘惑していきたい。

噴火口から天草の海まで見渡す。異世界みたいな風景


筆者プロフィール

植原 正太郎

うえはら・しょうたろう

1988年4月仙台生まれ。いかしあう社会のつくり方を発信するWEBマガジン「greenz.jp」を運営するNPOグリーンズで共同代表として健やかな経営と事業づくりに励んでます。2021年5月に家族で熊本県南阿蘇村に移住。暇さえあれば釣りがしたい二児の父。

WEBマガジン「greenz.jp」

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