東京で暮らす夫婦の妄想が、決意の行動になったのは、まぎれもなく新型コロナウイルスがきっかけだった。
我が家は2017年に結婚し、独身時代から暮らしていた東京・武蔵小山で新婚生活を始めた。2年後に長女が生まれ、三人家族には少々手狭なアパートに住み続けていた。とにかく何でも揃っている便利な街に、大きな不満はなかった。
しかし新型コロナウイルスの脅威が世界を席巻しはじめると、僕たちの日常も少しずつ影響を受け始めた。
どこかにお出かけする訳にも行かず、自宅と近所の公園の往復を繰り返す日々。走り回ることに喜びを覚えた娘と散歩していると、近所の交通量の多さにヒヤッとすることも増えてきた。一つ一つは小さいのだけど、積み重なるとずっしりとしたストレスになってきた。
そして、夫婦ともに職場が「フルリモートワーク」になる。
どこでも働けるはずなのに、朝から晩まで自宅に缶詰状態。「いよいよ移住を考えてもいいんじゃないか?」そんなことを夕飯を食べながら真剣に話し始めるのは自然な流れだった。
夫婦ともに典型的なサラリーマン家庭に育ち、地方都市を転々とする子供時代を過ごしてきた。「移住」「田舎暮らし」といったことには以前から関心はあれど、解像度は低い。
「自分たちは何を求めているのか?」
そんな問いを明かしていくためには、自分たちから動いていくしかない。気になるエリアに移住した全国の友人家族たちを訪ねる旅を始めた。
半年で6地域ほどに足を運んだ。どのエリアにもその土地にしかない豊かさや人の営みがあった。友人たちにアドバイスをもらいながら、夫婦でどんな暮らしをしたいのか話し続けた。
そして、ひとつの仮説をもつようになった。
「水がたくさん湧いてるところに素敵な人も集まり、美味しいものもつくられるのではないか?」
そんな仮説に行き着いたのは、岐阜県郡上市の友人家族を訪れたことがきっかけだった。長良川の源流域に位置する郡上というエリアには、古くから人々が暮らし、郡上踊りをはじめ、その土地にしかない文化を築いてきていた。
美しい川におびき寄せられるがごとく、素敵な移住者も多く集まっている。「水の力は凄い」と夫婦で気づいたのだ。
そして、妻が「水 たくさん 湧いてる場所」とGoogle先生に聞いて見つけたのが「熊本県南阿蘇村」だった。ちょうど友人が移り住んだ場所であり、以前から気になっていたエリアだった。
早速、友人に連絡を取り、気持ちのいい秋晴れのもと、南阿蘇村に家族で足を運んだ。2泊3日の充実した滞在が終わる頃には「これは出会ってしまったかもしれないね」と夫婦で話していた。
阿蘇エリアは、大昔の大噴火で生まれたカルデラの中に人々が暮らしているという世界的にも稀な地域。そんなカルデラが「水瓶」の役割を果たすことで、信じられないくらいの量の水が村のあちこちで湧き続けている。南阿蘇村には毎分何十トンという水量で湧いている湧水地がなんと11箇所もある。
そんな豊富な水源を維持するには、山の野焼きや米づくりといった人の営みも大事な役割を果たしている。草原や水田があることで、降り注ぐ雨が地中にしっかり染み込むのだ。
自然と人が関わりあうことで生まれる風土。
ここに根ざして暮らしてみよう。そう気持ちを決めるには十分な出合いだった。
そして、我が家は2021年5月に東京から移住してきた。9月には第二子も生まれた。
植原 正太郎
うえはら・しょうたろう
1988年4月仙台生まれ。いかしあう社会のつくり方を発信するWEBマガジン「greenz.jp」を運営するNPOグリーンズで共同代表として健やかな経営と事業づくりに励んでます。2021年5月に家族で熊本県南阿蘇村に移住。暇さえあれば釣りがしたい二児の父。