第十話 ミツバチと働く(2)|木方彩乃さんの根のある暮らし

ミツバチの旅は、標高100mの里山からスタートする。

春先は、花が少ない。耕作放棄された梅林に巣箱を置き、蜜は搾らず、越冬したハチの餌にする。

ミツバチが花粉交配(ポリネーション)した梅には、まあるい実がたわわに実る。

それを収穫してジャムやお酒に仕立てるのも、梅雨前の恒例イベントである。

スタッフやゲストを募って開催する梅もぎ

春の一番搾りは、ヤマザクラやナノハナ。野性味あふれる濃密な味わいを、私は毎年楽しみにしている。

続くヤマフジは、華やかな香りとすっきりした後味が特徴。

初夏には、アカシアの開花を追って吾妻川をさかのぼり、八ッ場ダムの畔から狩宿集落へ。

最後に標高1,100m を越える北軽井沢へ辿り着き、トチや野バラやクリの花蜜を集めて旅が終わる。

美味しい蜂蜜を作ることは、美しい自然を守ること―

この環境が百年先まで続くように…そんな願いをこめて「百蜜(ももみつ)」と名付けられた。

採蜜地によって百色の味わいをもつ「百蜜」は、それぞれの自然環境をぎゅっと瓶につめこんだテラリウムのようだ。

色とりどりの「百蜜(ももみつ)」

蜂飼いのショウちゃんは、10 箇所以上ある採蜜地にも名前をつけている。

例えば「卍峠の隠れ里」には、こんな言葉がそえられた。

山深い卍峠を越えるには、額に卍の印をし、獣やもののけに化かされぬようご用心。

かつては往来の多かった峠も、今では私たちとカモシカぐらい。深山の清涼な風味が特徴です。

トパーズ色のガラス瓶のなかに、カモシカの歩く情景が浮かび上がってくるようだ。

どうしたらこの深淵なる世界の入り口に、人々をやさしく誘えるだろう?

愛らしいミツバチに会いに行ける場所として、ルオムの森に「ハニーランド」を設えた。

フローハイブという特殊な巣箱を置いて、内部を観察したり、蜜を搾ることもできる。

はじめは怖がっていた子どもたちも、覗いているうちに「かわいい」と言ってくれるのがうれしかった。

ハニーランドで養蜂体験会

「百蜜」を展示するミュージアム・ショップも考えてみた。

蜂の巣状に六角形の箱を並べてみるが、どうにも理屈っぽい。

私は、はじめて巣枠を目にした時のキラキラした感動を思い出していた。

みっちりと蓄えられた金色の蜜が、ステンドグラスのように輝いている。まるで、ミツバチの描く光の絵画だ。

蜜がたっぷり詰まった巣枠

万華鏡(カレイドスコープ)のなかでも、周りの景色をとりこんで楽しむものを、遠華鏡 (テレイドスコープ)と呼ぶらしい。

そんなキラキラしたイメージを空間として表現できれば、「百蜜」の世界観が伝えられるのではないか。

ぐるりと並べた六角形の中心に、六芒星が浮かぶ造形が閃いた。

カレイド・ハミカム・シェルフ

早速、あさまのぶんぶんファクトリーにいるコウちゃんに相談する。

そう、こんな風に具現化できるのも、大きな加工場ができて、木工のプロがいるおかげだ。

まだディスプレイは出来上がっていないが、冬の間にじっくり形にしていこうと思う。

みんなで協力して、六角形を量産中

キャンプ場からはじまった小さな会社は、蜂を飼い、山を買い、ついに製材場の建設にまで拡大している。

3 年前は唐突に思えた「養蜂」も、現在では6次産業化の象徴になっている。

山で蜂を育て、木を伐り、小屋を建てたり、薪にして暖をとったり。

山を起点にぐるぐると循環していて、それぞれのプロが身近にいることに興奮する。

つい先日、私たちの会社「きたもっく」がグッドデザイン賞の金賞に選ばれた。

形あるものじゃなくて、まるで生き物のようにグニャグニャした集団が、「良いデザイン」として認められたのだ。

私はイチ・デザイナーとして、グニャグニャした集団の生き様を、1 枚の絵に描けたことが何よりうれしかった。

きたもっく・ヒストリー&ワールド2021

たぶん、そういうことなのだ。

私は描き続ける。私の見たい世界を。

それを一緒に形にしてくれる仲間がいることを、ミツバチと共に働けることを、とても幸せに思う。


筆者プロフィール

木方 彩乃

きほう・あやの

1978年 埼玉生まれ。多摩美術大学・環境デザイン科卒。在学中から食物を食べる空間「食宇空間(くうくうかん)」の制作をはじめる。2015年より群馬県北軽井沢にある「有限会社きたもっく」に勤務。山間の小さな会社だが、日本一と称されるキャンプ場スウィートグラスを営んでいる。山を起点とした循環型事業を展開。

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