第九話 ミツバチと働く(1)|木方彩乃さんの根のある暮らし

「ハチを飼うやつは、いねぇかぁ?」社長が言い出したのは4年くらい前だったと思う。

私は反射的に目を逸らした。なんでハチ?刺されたら痛いだろうな…最初の感想は、そんなモンだった。

「養蜂は、空間農業なんです」社長はことある度に語り続けたが、反応する人はいなかった。

しばらくして林業チームにいたショウちゃんが、ハチ係りになったという噂を耳にする。

驚いて本人に聞いてみると、昔からミツバチを飼いたかったのだと言う。

蜂飼いのショウちゃん

養蜂家というものを本の中でしか知らなかった私は、どこかファンタジーみたいに感じていた。

クマと闘ったという逸話をもつ男は、浮世離れした風格を漂わせていて、私は妙にナットクした。

4 月のある日、ハチがきたという知らせが入り、みんなで圃場に行く。柵の中に四角い木箱が 10 個ほど並んでいた。

ちなみにミツバチは、宅急便で届く。一箱およそ 4 万円也。

未知との遭遇

近づくと低い羽音が聞こえる。箱の周囲に飛び交う点々が、全てミツバチなのだ。

くりっと光る黒目に、黄色いファーの襟巻きとストライプのボディ。外見もお洒落だが、仕草も愛らしい。

脅かしたりしなければ、滅多に攻撃してこないことも分かった。

箱の中には、すでに巣のようなものが作られはじめていた。

美しすぎるハニカム構造に目を見張る。

花粉を原料に体内で蝋をつくり出し、六角形の巣房に仕立てるのだという。

蜜蝋でできた巣房

ミツバチの世界に、俄然興味が湧いてきた。

WEB で検索していると「地球上からミツバチがいなくなったら…」という記事を見つけた。

最悪のシナリオは、人類の滅亡。農作物の 3分の1が受粉できなくなり、世界中の農業が苦境に陥るという。

牧草も生産できないので、乳製品も高騰する。綿花も然り。合成繊維の服しか着られなくなるかもしれない。

一番驚いたのは、仮定の話ではなく現在進行形であるということだ。

「蜂群崩壊症候群」と呼ばれるミツバチの大量失踪が欧米を中心に多発していて、絶滅も危惧されているという。

全然、知らなかった。

今までなんの関わりも感じていなかった虫に、私たちの暮らしが大きく依存しているなんて。

外でハナバチたちに出会うと、挨拶するようになった。「おつかれさまです」巣箱を遠く離れ、危険な道を行き来して花蜜を集める姿に、頭が下がる。

養蜂見学イベントも開催

ある時、専務に聞いてみた。

なぜ、養蜂をやるのか?彼女は目をキラキラさせて言った。

「最初に聞いた時は、ロマンチックだな~って思ったわ。ミツバチは何千年も前から、人間が忘れてしまったこと、見失ったものを愚直に実践してる。自然に従うと、ああいう生き方になるのよ」

私たちの会社には、「ルオム」という合言葉がある。

フィンランド語で「自然に従う生き方」を意味するが、正直よくわからなかった。

そもそも自然とは何か?従うってどういうことなのか? だから、ミツバチの暮らしが「ルオム」であるというのは、目の覚めるような発見だった。

彼らの生態は、実に理にかなっている。

蜜をだす植物がどこにあるかを仲間内で共有したり、コロニーの状態によって産み分けて個体数をコントロールしたり。

暑くなれば羽ばたきで風を送り、寒くなれば体を寄せ合って温める。

驚くべき知恵と能力は、自然に従う生き方そのものだ。

ある日、巣箱を開けて中を覗いていると、手の平に激痛が走った。

手を開くと、黒いお尻から延びる針と、そこからよろよろと歩き去るハチが見えた。

刺された!というショックよりも、刺させてしまったことが哀しかった。

ミツバチは一針刺すだけでお尻が外れ、死んでしまうのだ。私が悔やんでいると、ショウちゃんが言った。

「ハチ1匹は、細胞みたいなものだよ。コロニー全体で1つの生命体だから」

ミツバチの世界は奥深い。ハチを知ることは自然を知ることだ。

だからもっとたくさんの人に、ミツバチのことを知ってもらいたい。今はそう思っている。


筆者プロフィール

木方 彩乃

きほう・あやの

1978年 埼玉生まれ。多摩美術大学・環境デザイン科卒。在学中から食物を食べる空間「食宇空間(くうくうかん)」の制作をはじめる。2015年より群馬県北軽井沢にある「有限会社きたもっく」に勤務。山間の小さな会社だが、日本一と称されるキャンプ場スウィートグラスを営んでいる。山を起点とした循環型事業を展開。

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