「ハチを飼うやつは、いねぇかぁ?」社長が言い出したのは4年くらい前だったと思う。
私は反射的に目を逸らした。なんでハチ?刺されたら痛いだろうな…最初の感想は、そんなモンだった。
「養蜂は、空間農業なんです」社長はことある度に語り続けたが、反応する人はいなかった。
しばらくして林業チームにいたショウちゃんが、ハチ係りになったという噂を耳にする。
驚いて本人に聞いてみると、昔からミツバチを飼いたかったのだと言う。
「ハチを飼うやつは、いねぇかぁ?」社長が言い出したのは4年くらい前だったと思う。
私は反射的に目を逸らした。なんでハチ?刺されたら痛いだろうな…最初の感想は、そんなモンだった。
「養蜂は、空間農業なんです」社長はことある度に語り続けたが、反応する人はいなかった。
しばらくして林業チームにいたショウちゃんが、ハチ係りになったという噂を耳にする。
驚いて本人に聞いてみると、昔からミツバチを飼いたかったのだと言う。
蜂飼いのショウちゃん
養蜂家というものを本の中でしか知らなかった私は、どこかファンタジーみたいに感じていた。
クマと闘ったという逸話をもつ男は、浮世離れした風格を漂わせていて、私は妙にナットクした。
4 月のある日、ハチがきたという知らせが入り、みんなで圃場に行く。柵の中に四角い木箱が 10 個ほど並んでいた。
ちなみにミツバチは、宅急便で届く。一箱およそ 4 万円也。
未知との遭遇
近づくと低い羽音が聞こえる。箱の周囲に飛び交う点々が、全てミツバチなのだ。
くりっと光る黒目に、黄色いファーの襟巻きとストライプのボディ。外見もお洒落だが、仕草も愛らしい。
脅かしたりしなければ、滅多に攻撃してこないことも分かった。
箱の中には、すでに巣のようなものが作られはじめていた。
美しすぎるハニカム構造に目を見張る。
花粉を原料に体内で蝋をつくり出し、六角形の巣房に仕立てるのだという。
蜜蝋でできた巣房
ミツバチの世界に、俄然興味が湧いてきた。
WEB で検索していると「地球上からミツバチがいなくなったら…」という記事を見つけた。
最悪のシナリオは、人類の滅亡。農作物の 3分の1が受粉できなくなり、世界中の農業が苦境に陥るという。
牧草も生産できないので、乳製品も高騰する。綿花も然り。合成繊維の服しか着られなくなるかもしれない。
一番驚いたのは、仮定の話ではなく現在進行形であるということだ。
「蜂群崩壊症候群」と呼ばれるミツバチの大量失踪が欧米を中心に多発していて、絶滅も危惧されているという。
全然、知らなかった。
今までなんの関わりも感じていなかった虫に、私たちの暮らしが大きく依存しているなんて。
外でハナバチたちに出会うと、挨拶するようになった。「おつかれさまです」巣箱を遠く離れ、危険な道を行き来して花蜜を集める姿に、頭が下がる。
養蜂見学イベントも開催
ある時、専務に聞いてみた。
なぜ、養蜂をやるのか?彼女は目をキラキラさせて言った。
「最初に聞いた時は、ロマンチックだな~って思ったわ。ミツバチは何千年も前から、人間が忘れてしまったこと、見失ったものを愚直に実践してる。自然に従うと、ああいう生き方になるのよ」
私たちの会社には、「ルオム」という合言葉がある。
フィンランド語で「自然に従う生き方」を意味するが、正直よくわからなかった。
そもそも自然とは何か?従うってどういうことなのか? だから、ミツバチの暮らしが「ルオム」であるというのは、目の覚めるような発見だった。
彼らの生態は、実に理にかなっている。
蜜をだす植物がどこにあるかを仲間内で共有したり、コロニーの状態によって産み分けて個体数をコントロールしたり。
暑くなれば羽ばたきで風を送り、寒くなれば体を寄せ合って温める。
驚くべき知恵と能力は、自然に従う生き方そのものだ。
ある日、巣箱を開けて中を覗いていると、手の平に激痛が走った。
手を開くと、黒いお尻から延びる針と、そこからよろよろと歩き去るハチが見えた。
刺された!というショックよりも、刺させてしまったことが哀しかった。
ミツバチは一針刺すだけでお尻が外れ、死んでしまうのだ。私が悔やんでいると、ショウちゃんが言った。
「ハチ1匹は、細胞みたいなものだよ。コロニー全体で1つの生命体だから」
ミツバチの世界は奥深い。ハチを知ることは自然を知ることだ。
だからもっとたくさんの人に、ミツバチのことを知ってもらいたい。今はそう思っている。
筆者プロフィール
木方 彩乃
きほう・あやの
1978年 埼玉生まれ。多摩美術大学・環境デザイン科卒。在学中から食物を食べる空間「食宇空間(くうくうかん)」の制作をはじめる。2015年より群馬県北軽井沢にある「有限会社きたもっく」に勤務。山間の小さな会社だが、日本一と称されるキャンプ場スウィートグラスを営んでいる。山を起点とした循環型事業を展開。
- カテゴリから探す -
衣着て楽、見て楽の服
食丁寧に、味わい深く。
住暮らしを紡いでゆく
- シリーズで探す -
- 素材で探す -
© 石見銀山 群言堂 All Rights Reserved.