第七話 雲のまにまに、島根訪問記|木方彩乃さんの根のある暮らし

島根の旅を思い出すとき、私はいつも浦島太郎になる。
屏風や絵巻物に描かれる「雲」と言えばわかるだろうか?正式名称は「すやり霞」と言うらしい。

我々は、あの雲のなかへ旅してきたのだ。脳裏によみがえる数々の情景は、すべて雲のまにまに浮かんでいる。みなさまもぜひ「雲枠」をつけて想像してほしい。

島根空港についてレンタカーを借りると、早速「出雲大社」へお参りする。ちなみにメンバーは、トークイベント(第六話参照)に参加された 2 名とそのパートナー氏、そしてきたもっく同僚 3 名+私の計 7 名であります。

参道でランチをしながら、三浦編集長におすすめの寄り道スポットを聞いてみる。すぐにメッセージが返ってきた。
(以下原文ママ)
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断然スモークハウス白南風さんにお立ち寄りください!
断然おすすめです、と書きたかった
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あふれでる、おすすめ感!我々は断然スモークハウス(燻製屋さん)に向かった。細い路地を曲がると、ぽっかりと空いた敷地にひなびた小屋が建っていた。日差しがポカポカして、平和な匂いがした。

スモークハウス 白南風(しらはえ)

入り口には誰もおらず、「用があったら連絡しな」的なメモが下がっているだけだったが、私はただならぬシンパシーを感じて電話をかけた。絶対にこのまま立ち去りたくない。だってガラス越しに、掲げられた詩が見えたんだ。

掲げられた、山尾三省の詩

そこはまるで煙の礼拝堂だった。絶え間なく湧きあがる白煙に、幾筋もの光が降りそそぐ。火ではなくて煙を、こんなにも美しいと思ったことはなかった。

あるじの話も面白かった。燻製をはじめたきっかけは、火山写真家をしていたからだという。結局2時間も滞在し、売り物になっていた燻製をみんなで買い占めてしまった。

そこから海岸沿いに車を走らせ、群言堂さんのある大森町へ向かう。初日の夜は、大きな茅葺き屋根の鄙舎(ひなや)に集まり、いっしょに夕食の準備をした。その豊かな食卓と、優しさに満ちた団欒に心が解ける。

こんなおもてなしを受けるとは思ってもみなかったので、ただただ嬉しい。これが群言堂名物「タイやヒラメの舞踊り」なのかっ!

2019年秋、まだ気軽に宴会ができました

宿は、お目当てのかまどがある「只今加藤家」である。そこは正に「ただいま」と言いたくなる「家」だった。

なにか欲しくて手をのばした先に、丁寧に作られ愛用されてきた逸品が、静かに待っている。心地よい暮らしが自然に促され、だからこそ何をしなくても満たされる、そんな空間だった。

そしてかまど!かまど!
はるばる群馬の山奥から、貴方を訪ねてきましたと挨拶する。彼の方は、夢に描いた通りの姿だった。撫でまわしながら、早く焚きたくてウズウズする。

二日目の夜は、加藤家に集まってお食事会ということになった。同じ頃に来訪された大学の先生方や松場大吉さんもいらっしゃるという。

こんなことが毎晩のように繰り広げられるなんて羨ましい!とはいえ一転ホスト側(?)になったので飯焚きの重責に震える。

不安気な飯炊き女

三浦さんたちはもちろん登美さんもいらしてくれて、なんやかんや宴席が出来あがる。私は帰ろうとする登美さんに追いすがり、かまどの作り方を教えてほしいと願い出た。

突然のアタックに驚いていたが、私のぼろぼろのスケッチブックを見て、本気度が伝わったようだった。

色々話してくれたが、なにかを真似するのではなく、自分たちの手でその土地に合うものを作りなさいと諭される。 私は息をのんで、深く頷いた。

宴もたけなわとなり、おじさま方は場所を移すという。後で来なさいと言われ、遅くなってから加藤家を出た。時代劇のロケ地のような街並みを、ふわふわと歩く。

途中、「無邪く庵」に立ち寄る。ここには本物の「夜の蝶」がいるというので、みんな楽しみにしていたのだ。

無邪く庵

「文明を排除した」という空間は、昼間でも十分に深淵だったが、暗闇に包まれた夜の姿はさらに幽玄で、私たちを虜にした。

荒壁を走る藁スサが流れ星のように光り、和蝋燭の影が蝶のように羽ばたいている。 ここは一体、どこなんだろう。

私たちが無邪気にのみこまれてしまったので、三浦さんに電話が入る。どうやら大吉さんと登美さんが「他郷阿部家」で待っているらしい。

阿部家のことも書き出すと止まらないので割愛するが、宿というより家というより、登美さんの世界観が凝縮されたザ・ワールドである。

その中の、蔵のような部屋に通される。高級なバーでもここまでの VIP 感は味わえますまい、というくらい良い気分♪(←すでに酔っています)

たわいもない話をしているうちに、阿部家のビフォーアフターの動画を見せてくれるという。私はたまたま、スクリーンの正面に座っていた。背後に大吉さんと登美さんが立ち、語り出した。

台本があるわけでもなく、打ち合わせしたわけでもないだろうが、二人の口から交互に言葉が打ち上がる。それぞれが勝手に話しているようで絶妙に呼応している。花火のような轟に胸が震えた。

群言堂のおふたりと旅の一行

空港を飛び立つと、飛行機は雲間を抜けた。帰りすがら、彼の人たちを同じようにもてなすことが出来るだろうか?と考えた。今も時々、考える。
玉手箱は、まだ開けない。


筆者プロフィール

木方 彩乃

きほう・あやの

1978年 埼玉生まれ。多摩美術大学・環境デザイン科卒。在学中から食物を食べる空間「食宇空間(くうくうかん)」の制作をはじめる。2015年より群馬県北軽井沢にある「有限会社きたもっく」に勤務。山間の小さな会社だが、日本一と称されるキャンプ場スウィートグラスを営んでいる。山を起点とした循環型事業を展開。

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