冬眠していた蛙たちも目を覚まし、私は山菜や花を探しながらウキウキ歩く。
すっかり春になりましたね。
しかし、ことこの家で暮らすにあたっては「要警戒」シーズンの到来となります。
春はなんたって出会いと恋の季節です。……勘の良い方はもうお気づきですね。そう、野生動物の繁殖期、到来です。
前回古民家の冬の寒さが堪える…という話をしましたが、あれが身体的試練ナンバーワンだとすると、獣との攻防戦は精神的試練ナンバーワンです。正直、精神的にやられるのが1番堪えます。
日々進入できそうな穴や隙間を見つけては塞ぎ、獣の通り道になっていそうな場所には唐辛子を撒いたりぶら下げたり、生ゴミは即処理して齧られそうな物は無造作に絶対置かないなど、獣対策には余念の無い私です。
お陰様で野生動物の糞や足跡や生態に詳しくなってしまいました。
これまで2回進入を許してしまっており、その間寝不足と心労でやつれ切っておりました。今年は進入を阻止したい…
※以下、具体的な被害状況や獣害対策等のセンシティブな内容を含みますのでご注意ください。
何が1番辛かったかと問われれば、早朝のリビングに降ってきた獣のお○っ○です。
毎朝コップ一杯分くらいの量が、5時〜8時頃だいたい同じ場所に降って来るのです。
だいたい、というのがミソで、雨漏りのように落下地点が決まっていて予測できればバケツで対処できますが、そうもいかない為工事現場のごとく辺り一帯をビニールで養生し、要警戒の場所には新聞紙やキッチンペーパーなどを敷きつめておきます。
そして降って来たら毎朝ゴム手袋とゴーグルとマスクをしてそれらを処理し、アルコールで辺り一帯を消毒します(※野生動物の糞尿を処理するときは寄生虫や病原菌を保有していることもあるので素手で触ってはいけないのです)。
夜中は夜中で天井裏の物音や鳴き声、時には侵入者と家主(どちらも獣)の乱闘(威嚇臭はとても臭い)で起こされることもしばしば。
天井の隙間から獣の子どもが落ちて来た日からは夜中部屋を暗くして眠ることが恐ろしくなり、電気をつけたまま音楽をかけて寝ていた時期もあります。衛生的にも精神的にも本当に辛かった…
さて、気になる野生動物の正体ですが、どのように推理すればよいのでしょうか。
まず尿の量からそこそこ体の大きな動物だと判断できます。
そして決まったところに用を足す習性がある。屋根裏に登ることができる。
このあたりでハクビシンかアライグマに絞られます。
あとは家の周りで見つけた五本指の足跡や、夜中に聞こえる「クルルルル」という鳥のような鳴き声。
そう、正体はあの、小さい頃に某アニメで観ていた北米原産のアライグマでした。日本にペットブームで輸入され野生化して増えていると話は聞いていましたが、まさか自分が被害に合うとは……。
アライグマは特定外来生物にも指定されており、飼育や運搬、野外への放獣が法律で禁止されています。もちろん捕獲にも資格が要り、各自治体の指示に従った駆除方法を取る必要があります。
私の場合は、その資格を持つ近所の猟師さんにアライグマの通り道と思われる場所に罠をしかけて頂くことで捕獲、処理をお願いすることになりました(※子育て期間中は屋根裏にまだ動けない子供が取り残されないよう注意する必要があります)。
アライグマは手先が器用で頭もいいので捕獲するのに苦労しましたが、効果的だった餌は「キャラメルコーン」を撒き餌にして「メロンパン」でした。
人間の作る甘くて香ばしいお菓子が好物のようですが……複雑な気持ちになります。
自分の健康と家の為、私は徹底抗戦・駆除という道を選びましたが、動物の命自体には罪がないので、気持ちのよいことではありません。
子アライグマなんかは本当に可愛いので見てしまったら情が湧くし、ここまで読んで嫌な気分になった方もいらっしゃるかもしれません。こういうことを経験すると否応なしに考えさせられますし、色んなアンバランスさを感じます。
茅葺屋根や古い木造建築の天井裏はかき分けたり齧ったりして動物に進入され易く、しかも改修して断熱材が入ったりしているとかなり快適で動物に好まれやすいそうですが、囲炉裏やおくどさんのあった時代は毎日煙で燻されるので繁殖には使われなかった筈です(大抵の動物は煙を怖がる習性がある)。
そして傷んだ状態で何年も空き家になっていた家では、その間に進入して生まれ育った個体が沢山います。
つまり彼らからしてみたら何世代にも渡って実家に里帰り出産しているようなものかもしれず、むしろ私の方が後からやってきて住み着いた「知らんやつ」なわけです。もっと昔はもちろん人間の家なわけではありますが…
アライグマに限って言えば、人間界で勝手にブームになり遠く北米から日本に連れて来られたのに、いまや駆除対象とされている。某アニメの最後でもアライグマと人間が共に暮らすことが難しくなりお別れするシーンがありました。
長い歴史の中で、人の暮らしの傍で長く共存できている動物と、そうでない動物にはそれなりの理由があるのだと思います。そうでない動物とは適切な距離を保つことがお互いの為だと感じている今日この頃です。
これに限ったことではなく、ブームが起きればそれに付随して刹那的に大儲けするビジネスがあり、そうした人間の欲やエゴで後から何かしらの歪みを生んでしまうケースというのは残念ながらままある気がします。
問題の本質は何なのか、目先の利益だけではなくその先に起こりうる事態や、訪れる未来をどれだけ見極めることができるのだろうか。対処療法と並行して、問題の本質を解決するために自分ができることとは何なのか。森を見て、木も見て、そのバランスを取りながら生きていきたいものです。
人は狩猟採集生活をやめて土地を開墾し、生産経済を始めた時から自然に干渉するようになりました。それからずっと、自然との共存についての思索は尽きないのでしょう。
この流れで、次回からは山に関わる活動を話題にしたいと思います。
岸田 万穂
きしだ・まほ
1991年神奈川県生まれ。大学では間伐サークルと旅と長唄に明け暮れる。卒業後岐阜県立森林文化アカデミーに進学し木工を専攻。家具作りを学ぶため宇納正幸氏に師事。丹波篠山市地域おこし協力隊として3年間放置竹林の問題、廃校活用のNPO法人立ち上げに取り組む。現在は木工とNPO法人の理事と二足の草鞋。