第三話 火山の麓に暮らす|木方彩乃さんの根のある暮らし

きたかる(北軽井沢)に来るまで「火山」について考えることはほとんどなかった。まれに噴火のニュースを見て、近くに住んでいる人は大変だなぁと思うくらいの存在。

それが劇的に変わったのは、入社して数日後。偶然目にした新聞の記事だった。

「火山が文明を育んだ」
そう書かれた紙面にすいよせられ、貪るように読んだ。世界的な生物学者であり地理学者であるジャレド・ダイアモンドは言う。「人類全体にとって火山は、噴火で被った損害よりも、利益の方が比べようもなく大きい」

朝日新聞 GLOBE+ 記事


私は驚いた。

今でもこの記事を、ラブレターのように大切にとってある。

この辺りに住んでいる人は、活火山である浅間山を怖がってはいなかった。むしろ好いていて、よく話題にする。
毎日のように山頂から湧いている白い煙は「水蒸気」で、いわゆる「噴煙」ではないらしい。見慣れてくると、モクモクしていないと心配になるほどだ。

私たちの会社が運営しているキャンプ場「スウィートグラス」は、火口から8キロ圏内にある。江戸時代におきた天明の大噴火で埋もれ荒地になった。火山灰土なので、木を植えても枯れてしまうような土地だったが、水捌けがよくキャンプには適しているそうだ。

同僚たちも、近所に暮らしている人が多かった。私の住んでいる家は10キロ圏内にあり、平安時代の火砕流で埋もれたらしい。(右上の黄緑色のエリア)

浅間山火山地質図(早川由紀夫 研究室)

浅間北麓がジオパークに認定されたこともあって、火山について学ぶ機会は多かった。特に、火山学者と呼ばれる人たちの話は面白くて興奮した。彼らの時間軸はとても長くて、数百年前はつい最近のことだと言う。

北軽井沢のとなりには「日本のポンペイ」と呼ばれる村がある。のどかな住宅地の数十メートル下には、江戸時代の集落がそのまま埋まっていると聞いて、思わず足元を見た。

火山学者と一緒に歩いていると、太古の景色が現れる瞬間がある。彼らの見ている世界に憧れて、山にも登るようになった。風景の成り立ちが感じられると嬉しかったし、なにより美しかった。

同じ山でも、訪れるたびに違う表情を見せてくれる。

本白根山 鏡池

草津にある本白根山にもよく行ったが、2018 年の冬、なんの前触れもなく噴火した。1500 年ぶりだと言う。
一人が亡くなり、何人もの負傷者が出た。

連日のように報道されるのは、被害や脅威ばかりだった。
美しい模様が浮かびあがる幻想的な湖があるのに。トナカイゴケがふわふわして、可憐な山野草が咲くのに。

キャンプ場では、冬の祭典「ホワイトフェスタ」が開催されようとしていた。同僚に協力してもらい「火山のおいしい話」と題する企画を考えた。○×クイズを作り、火山の恵みでもたらされた食物や鉱物を賞品にした。

イベントの一コマ

今も時折、浅間が目を覚ます。ほんのあくび程度の吐息に、ちいさな私たちは揺さぶられる。
地球が生きて、動いている。
そのことを確かに感じられる大地が、私は大好きだ。

地質図を作った早川教授は言う。
「北軽井沢は、生まれてからまだ900 年しか経っていない若い土地である。いまここに集落を形成し、農地を耕すことができるのは、浅間山のおかげであることを忘れてはならない。」


筆者プロフィール

木方 彩乃

きほう・あやの

1978年 埼玉生まれ。多摩美術大学・環境デザイン科卒。在学中から食物を食べる空間「食宇空間(くうくうかん)」の制作をはじめる。2015年より群馬県北軽井沢にある「有限会社きたもっく」に勤務。山間の小さな会社だが、日本一と称されるキャンプ場スウィートグラスを営んでいる。山を起点とした循環型事業を展開。

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