ひとりの時間はかけがえのない時間
別居してよかったと感じることのひとつに、自分のための時間が増えたことがあります。家族といっしょに住んで、夫の両親の介護をしたり、子育てをしたりといった時代は、時間のほとんどをそちらにとられて自分のために使うということはありませんでしたから。ひとりの時間を暇だとか、寂しいと思ったことは全くなく、本を読んだり、映画を見たり、勉強したり、そういった自分を高めるための時間に使っています。
本を読んで、自分の心の琴線にふれたところは、ノートに書き写すんです。短い言葉も長い文章もありますが、ノートにびっしりと綴られたものを見返すとそれが自分なんだなって。いくつになっても自分というものはわからないものですが、そうやって積み重ねていくと自分が見えてくるんです。
住まいもそうですね。人が選んだ物の中に暮らしていると、自分のことが見えにくいけれど、自分の趣味や嗜好で物を集めてくると、ああ、これが自分の世界なんだとわかります。
また私は70代にして、反省の日々なんです。自分のしたことに後悔はないけど、反省することは多い。あのやり方はよくなかったのかなとか、もっと違う言い方をすればよかったんじゃないかとか、こうしたひとりの時間に自問自答しています。人間というのは、誰もが自分の中に正しい答えを持っていると思うんです。ただ、そのときの環境やいろいろな条件の中で、いつも正しい判断ができるとも限らない。ですから、そこは反省することで、次に活かせるのではないかと思っているのです。
ちなみに私が何度もくり返し読んでいる本を5冊ご紹介します。
『世間遺産放浪記』『世間遺産放浪記 俗世間篇』(藤田洋三著・石風社)
薪小屋や温泉小屋など昔は当たり前にあった風景を世間遺産と呼んで、写真におさめたもの。「俗世間篇」には、阿部家のガラス窓も載っています。私たちは記憶や思い出とともに生きています。本の中に自分の人生を照らし合わせたり、なくしたものの多さに気づかされたり、いろいろな発見を与えてくれる本です。
『明治快女伝 わたしはわたしよ』(森まゆみ著・旬報社)
平塚らいてうや荻野吟子など、明治時代に新しい生き方を貫いた女性たちの話を集めています。私がいちばん心ひかれたのは「わたしはわたしよ」という短いけど強い言葉。この本を初めて手に取った頃の私はモヤモヤと生きていて、まだ封建的な慣習の強かった時代に、こんな生き方をした人がいたことに勇気づけられました。そうよ、私は私よ、って。
『ニッポンの風景をつくりなおせ 一次産業×デザイン=風景』(梅原 真著・羽鳥書店)
一次産業をデザインすることで、一次産業そのものを残していく。高知県のグラフィックデザイナー、梅原真さんの仕事を紹介した本。発想の原点に共感するところが多々あって、読むたびにうなずくことしきりです。
『一汁一菜でよいという提案』(土井善晴著・グラフィックス社)
料理は気負わなくてもいいんだよ、でも、ちょっとした工夫で、お味噌汁のバリエーションがこんなにも広がる。食の原点を教えてくれます。
『おじいちゃんの封筒 紙の仕事』(藤井咲子著・ラトルズ)
ここに載っているのは、元大工職人のおじいちゃんが不要になった紙を貼り合わせてつくった封筒の写真だけ。全く作為的なものがなく、私にとっては、まるでお経本のよう。心がザワザワしたときに、もとに引き戻されるような一冊です。