梶山正「京都大原で暮らす」|第十九話 ただ今、冬の「日本百名山」全山登頂をめざしてます

弥山より見る、冬の大山剣ヶ峰

例年3月末になると、僕は焦って雪山を這いずり回る。

毎年、冬の1シーズンで百名山を少なくとも10座登りたいと思っている。

登山界で言うところの冬とは12月1日〜3月31日の約4ヶ月間だ。3月中旬を過ぎても、登った山の数が10座に届いていないと僕は落ち着かない。

上の写真と同じ位置から見た秋の大山剣ヶ峰。冬になると同じ山でも、かなり変わることが、この写真で判っていただけるでしょう

ところで「日本百名山」のことをご存じだろうか?

それは、作家で登山家の深田久弥(1903〜1971)によって書かれた山岳随筆集である。深田自身が定めた基準(山の品格・歴史・個性)で、日本の各地の山の中からいい山を100座選定し、その山の地誌、歴史、文化、文学史、山容の特徴や著者自身の紀行などが記載された本である。1964年に出版され、第16回読売文学賞を受賞している。

当時、働き盛りだった「日本百名山」の読者たちは、百名山へ行きたいと思っても、なかなか時間が作れなかったようである。それで当時は今ほど百名山へ向かう登山者はなかった。

ところが、1990年頃から、百名山をめざす中高年登山者が増え始めたという。

若い頃、「日本百名山」を読んだものの、これまで仕事が忙しく山に目を向けられなかった人々が、山へ行く余裕が持てるようになったのだろう。

子供が成長して手がかからなくなったことや、週休2日など休みが多くなったこと。また、健康のため登山を再開したとか、定年退職して時間ができたなど様々な理由があるだろう。

1994年にNHKが日本百名山の番組を放映したこともブームを広げるきっかけとなった。これほど「日本百名山」へ向かう人が増える時代が来るとは、深田久弥は想像もしなかっただろう。

とはいえ、その頃は百名山に限らずどんな山でも、中高年登山者の姿ばかりで、若者の姿はなかった。

冬山は登れて滑る、山スキーを使うことが多い。雪国に多い冬期閉鎖道歩きでは、靴をセットしたスキーごとザックを担ぎ、長い林道歩きをする機会が多い

ところが、2009年頃になると、ちょっとオシャレな山スカートやスパッツを着た山ガールと言われる新種の若い女性登山者たちが増え始めた。

その現象は女性向け登山雑誌の影響による。

すると次は、彼女たちと似たような格好をした若い男性たちが山ガールのあとを追ってか、または引っ付いちゃうのか、休日に街から山へ移動する現象が見られるようになった。

生き物を観察するようで興味深いが、とにかく山へ若い人々が行くようになったことはいいことだ。

蛇足だが現在は、なぜか若い女性より中高年女性の方が、山ガールファッション率が増えているように見受けられる。

単独行(一人登山)の機会がどうしても多くなるが、連れが参加してくれると気分はだんぜん盛り上がる

僕は7年前の2012年に百名山を登ろうと決めた。

「日本百名山」の本を細かく読むうちに、「僕はこれまで日本の山のことを知っているつもりでいたけれど、じつは、あまり知らないなぁ」ということに気付かされたのだ。

これを機会に、日本の山をくまなく歩いてみたい。まずは「日本百名山」を通して、日本各地の山へ足を延ばし、日本国を眺めてみたいなと思った。

とはいえ、山ヤの拘りが僕にもある。それは、より困難への挑戦だ。

同じ山でも冬山になると、他の季節に比べて格段に登山が難しくなる。困難を克服して達成できれば、喜びはより大きく深くなるはずだ。

まだ誰もやっていない厳しい冬期に限定して登ろうと決めた。

尾瀬の鳩待峠にテントを張った。明日は至仏山に登る予定

人に言わずに黙っていると、その決意が自然消滅してしまうかもしれない。それで、あちこちに言いふらした。

すると、山岳雑誌から「日本百名山冬期登頂記」の連載記事を書く仕事が舞い込んだ。ありがたいことである。

現在78座登った。でも、京都から遠い北海道や東北北部の山々は、ほとんど手を付けてないのでこれからだ。

もう58歳になるので奥深い山は体力的にシンドいが、百名山登るまでガンバルしかない。これを書き終えたら、今シーズンの課題を果たすため上信越の山々へ向かいます。




筆者 梶山正プロフィール

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かじやま・ただし

1959年生まれ。京都大原在住の写真家、フォトライター。妻はイギリス出身のハーブ研究家、ベニシア・スタンリー・スミス。主に山岳や自然に関する記事を雑誌や書籍に発表している。著書に「ポケット図鑑日本アルプスの高山植物(家の光協会)」山と高原地図「京都北山」など。山岳雑誌「岳人」に好評連載中。

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