鹿児島から別府へ
1月某日、営業マーケティング部の松場(忠)、販売促進課の細山、そして広報の三浦の3人は鹿児島から別府へ向けて車を走らせていました。
群言堂本店で行う展示の打ち合わせのため、鹿児島のしょうぶ学園と写真家・藤田洋三さんの住む大分県別府市を訪ねる出張です。
鹿児島を出るのが遅くなり、既に空は暗くなっていました。
夜8時過ぎ、迷いながらもようやく別府は鉄輪(かんなわ)温泉にある宿に到着しました。
宿も洋三さんの指定。今晩はお部屋で洋三さんが食事を用意して待ってくれているといいます。
さあ入ってみましょう。
駆けつけ一杯出汁の味
「ん、ここは・・・宿??」
濃厚な温泉の香り、もうもうと立つ湯気、暗い照明。前もよく見えません。
まるでアクション映画で地下深くに展開する敵のアジトに踏み込んだかのようです。ここは本当に宿なのでしょうか。
不安に思いながらも案内されるに任せて歩いて行くと、湯気の向こうから洋三さんの声がしました。
「おう、とりあえずまずはこれを飲んで」
訳も分からぬまま湯呑みを渡され、駆けつけ一杯、その中身を口に含みます。
ほんのりしょっぱく、丸みのある味わい・・・。
「ここの温泉の源泉、出汁のような味がして美味いでしょ」
地獄料理
ようやく部屋に辿り着くと、洋三さんとお仲間の方々が食卓を準備してくれていました。
なんと今晩の調理係は「地獄」とのこと。
地獄が調理とは一体どういうことでしょうか。
まだ調理中だというのでその様子を見に行きました。
驚愕の美味さ「地獄蒸し」
「ここに入れて、っと」
洋三さんのお供をしている建築家の坪水さんが手際よく食材の入ったざるを湯煙の中に入れていきます。
かまどのように開いた穴の中に温泉の蒸気の配管が常時通っていて、その高温の蒸気の力で調理をするのだそうです。これが鉄輪名物「地獄蒸し」です。
自然の熱を使って調理ができるなんて素晴らしすぎます。しかもこれが抜群に美味いときました。
高温の蒸し調理ということに加えて、先ほどのお出汁の味がする温泉成分の効果で何を蒸しても本当にほんとうに美味しいのです。
ゆで卵(蒸し卵?)、蒸した牛タンを入れたタンシチュー、シンプルにリンゴを蒸した蒸しリンゴ・・・いろいろいただきましたがどれも最・高でした。
ブリの登場
準備も佳境に入ってきたころ、洋三さんがぼそっと言いました。
「本当は今日来るはずだった人が釣ったブリが一本あるんだけど、来れなくなったからさばけないんだよなあ」
それはそれは残念そうに言うのでした。聞けば、豊後水道のブリは「関ぶり」としてブランドにもなっている高級魚、冬はシーズンなので特に美味しいのだとか。ぜひともいただきたいところですが・・・。
「そういえば(三浦)類くん魚さばけるよね?」
三浦の所属する部の長にあたる松場が余計なことを言いました。
「えっ?あ、はい・・・」
当の三浦、魚といってもサバに毛が生えた程度の魚しかさばいたことはありません。不安で胸がざわつきます。
(よくわからないけど、ここでやらなきゃ男がすたる気がする・・・食べたいし・・・)
これはやるしかないと意を決して、さばいたことのない巨大なブリに対峙したのでした。
「大丈夫、ちょっと大きいだけじゃないか、やることは小さな魚と一緒、一緒。」
自分に言い聞かせながらさばいていく三浦。
途中(私はなぜ、別府まで来てブリをさばいているんだろう?)とふと我に返る瞬間もありましたが、
最終的になんとかさばききることができ、おいしい、とてもおいしい、お刺身をいただくことができました。食べきれないくらいあってものすごく贅沢でした。
そしてもちろんお刺身だけでは終わりません。
ブリと言えばブリカマ、ありますよね。ちゃんとこのために取っておきました。そうです。「ブリカマの地獄蒸し」。
そして伝説へ
写真だと暗くてあまり伝わらないかと思いますが、ものすごく・・・・・・・・・・美味しかったです。
筆者、三浦の魚体験の中でもトップレベルにすごいです。すごいとしか言えないのが悔しいです。
ほろほろと口の中でほどける身、豊かだがくどくなくすっきりとした脂の旨味、温泉成分による自然な塩味、完璧な塩梅でございました。
口に含んだ瞬間突如として頭がぱっかーんと割れ、その間を豊後水道が通り、ブリの群れが次々に走り出します。
いやあ何しに来たんでしたっけ?
そうでした。打ち合わせでした。
いつの間にか洋三さんのお仲間が増え、会話も歴史文化の話からこの宿の温泉水からできた化粧水の話まで、こんこんと湧き出る温泉のように次々に話題が生まれ、移り変わっていきます。
本チャンの打ち合わせはもともと翌日の予定だったので油断していましたが、展示に繋がるヒントがこの夜だけでもたくさん隠されているように感じました。
そして三浦は一つ大変なことに気付いてしまいました。
それは、今この瞬間、自分たちが「世間遺産」の真っただ中にいるということでした。
知らず知らずのうちに、私達はもう洋三ワールドに足を踏み入れていたのです。
世間遺産に出合う
失礼を承知で言えば、ここは決して設備の整った快適な宿とは言えません。
しかしながら、この土地ならではの文化が息づいていて、それを五感で味わいながら語らうことのできる特別な場所です。
この年季の入った宿は、温泉に入って、地獄蒸しを楽しんで、のんびり気ままに過ごせる場として長らくこの町に存在してきました。
この場所がなかったらイヤだなと思います。「この場所を後世に残したい」到着してから数時間のうちに、そう思わされていました。
そして洋三さんの魅力は、それを自然な形で私達に伝えてくれるところです。きっと写真展でも、洋三さんのフィルターを通してたくさんの発見があることでしょう。
さあ、明日はどんな世間遺産に出合えるでしょうか。楽しみです。
<②に続きます>