梶山正「京都大原で暮らす」|第二話 古民家暮らしが始まった

1996年6月6日の朝、僕たち家族3人は大原の古民家に引っ越した。

僕はこれまで自分の家を持ったことがなかった。団地やアパート、借家暮らしだった。これからは家に釘を打とうが、穴をあけようが、何をやっても自由だ。

多小騒いだって、住宅密集地ではないので近所に気兼ねしなくていいだろう。家の前の田んぼでは、うるさいぐらいカエルが鳴いていることだし…。

1996年6月6日引っ越し当日。僕とベニシアは引っ越し当日から約一週間、長いあいだ使われていなかった古民家の掃除に明け暮れた。退屈した悠仁はひとりで遊んでいた。

本来なら1ヶ月前に、ここ大原の住人になっていたはずである。ところが「四九日が終わるまで引っ越しを控えて欲しい」と頼まれた。

家の売り主の身内に不幸があったそうだ。それで、行き場がない家具や雑貨などは、1ヶ月ほど前に二階に運び込んでいた。そのため布団と手荷物だけの身軽な引っ越しであった。

僕は部屋に家具を置く前の写真を残しておきたかった。それで2歳半の悠仁と一緒にカメラを持って、13ある部屋を周った。

部屋の隅の暗闇を見つめて「お父さん。あそこに、まっくろくろすけがいる!」と悠仁。まっくろくろすけとは『となりのトトロ』に出てくるキャラクターだ。僕たち2人がまっくろくろすけと写真撮影に没頭していると、拭き掃除に忙しいベニシアが現れた。

「あなたたち、この忙しいのに遊んでいる場合じゃないでしょう!」

僕と悠仁は顔を見合わせた。遊んでいたわけではないのだが…。その場をスゴスゴと退散する。そのため、撮影できた写真はわずかな数のモノクロ写真だけ。ウーン残念!

1996年6月裏庭。部屋に家具を運び込んだあとは、家のあちこちを修理する日々が続いた。悠仁はひとりで家の周りを探検し続けていた。

まるで掃除の神様が乗り移ったかのように、僕たち夫婦は一週間ほど朝から晩まで掃除に明け暮れた。

そうやって動いているうちに、二階の電気があまり機能していないことがわかった。また、水道の蛇口も少ない。工事が必要だと思うが、家の購入で手持ちの金は少なかった。

それなら自分でやれることをやってみよう。水の蛇口を増やすには、井戸を活用することにした。井戸水はバケツで汲み出す形式だったが、思い切って電気ポンプを手に入れた。そしてパイプに繋ぎ、水道と同じく蛇口をひねれば水が出るようにした。

その頃、下水道は大原にまだ来ていなかったが、そのうち来るだろうと聞いていた。本格的な上下水道工事は、将来、下水道が繋がったときに業者に依頼しようと決めた。

1996年7月近所の子たちと。大原に来て約1ヶ月が過ぎた。7月になると悠仁は近所の子どもたちや隣のお姉さん、そして犬たちとも遊ぶようになっていた。

次は電気だ。梁に設置されている電線を観察すると、最も古いと思われる電線は布状のカバーが被服された単線が白い磁器で作られた絶縁体の碍子を仲介して引かれていた。

この家は築百年になるので、大正前期頃の電線だろう。その後何度か電線が増設されたようだが、無計画でそのとき限りの配線工事だと、素人の僕でも読み取れた。

天井裏に登り、配線状況がどうなっているのか探ることにした。この家が棟上げされたときに記録された文字や秘密など、屋根裏で見つけることができるかもしれない。

1996年8月スイカ割り。8月になると家の片付けなどもだいぶ落ち着いてきた。近所の子どもたちを集めて、庭でスイカ割りに挑戦した。

真夏の天井裏は蒸し風呂状態で、気温はおそらく50度ぐらいあっただろう。約百年蓄積したホコリの層がぶ厚かった。狭い天井裏で僕は這いつくばり、記録や秘密を捜したが、残念ながら見つけることはなかった。

蒸し風呂から逃れて、庭の木陰で呆然と涼んでいたら、隣のオッサンが尋ねてきた。

「いつも家に居るみたいやけど、仕事に行かんの?」

「勤め人ではないですから…」

今の日本では、大の男が家にいると遊んでいると思われるのかもしれない。

もともと人間の暮らしは衣食住がベースで、大昔の人々はそれらほとんどを自分たちでやってきたはず。時代は流れ、得意分野や専門分野を仕事とする人が現れ、職業が分化したのだろう。

このときの僕は仕事をしてお金を稼ぐことより、まずは、この家を当たり前に住めるようにすることが、何よりも大切なことであった。

1996年8月花火。子供は火遊びが大好きだ。花火をやりだすと熱中して止まらない。そういえば、僕も爆竹に狂ったことがあるなぁ。


筆者 梶山正プロフィール

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かじやま・ただし

1959年生まれ。京都大原在住の写真家、フォトライター。妻はイギリス出身のハーブ研究家、ベニシア・スタンリー・スミス。主に山岳や自然に関する記事を雑誌や書籍に発表している。著書に「ポケット図鑑日本アルプスの高山植物(家の光協会)」山と高原地図「京都北山」など。山岳雑誌「岳人」に好評連載中。

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