菅:あとは本の仕上がりを待つばかりですね。ここまで来るのにとても時間がかかりましたよね。そもそもいつから始まったんでしたっけ?
林:撮影自体は2012年からですね。藤井さんは、この写真が最終的にどんな形のものになるのかを解らないまま、撮り始められたようです。
菅:わからないのに撮影ってすごいですよね(笑)。その頃から林さんも関わられていたんですか?
林:それが、まだその時は佐藤にもお話すら来ていなかったのです。最初は、藤井さんと当時のアシスタントの及川さんとで撮影を始められていました。
藤井さんと大吉さん・登美さんとの会話の中で、「誰かデザイナーに入ってもらおう」という話になり、その後不思議なご縁もあって、佐藤にお話を頂くことになりました。
不思議なご縁とは、当時群言堂でウェブやグラフィックのデザインをされていた小林孝寿さんが、かつて佐藤卓デザイン事務所でアルバイトをしていたことや、登美さんが2008年に北海道・滝川市で行われた「太郎吉蔵デザイン会議」で佐藤とお会いされていたことなどです。
藤井さんも過去に『SKELETON』という写真集やBang and Olufsenの大きなポスターを佐藤と作られていました。
そうしたことから自然と「じゃあ佐藤さんに相談してみましょうか」となったそうです。
後でわかったことですが、群言堂と縁の深い大森在住の彫刻家・吉田正純さんという方が、実は佐藤と大学の同期だったりもされて。色んなご縁が、佐藤を石見銀山に引き寄せたような気がします。
まずは藤井さんから佐藤にお声がけをいただき、佐藤が石見銀山にお伺いすることになりました。
その頃は私もまだ何も知らず、佐藤のスケジュールに「石見銀山・群言堂訪問」とだけ書いてあるのを見て「これはどこだろう?」と思っていました(笑)。
佐藤が帰ってきて、共用スペースに置かれていたその時の資料を見て、事務所のみんなと「これはなんだろうね…?」と話していたのです。
大森町の街並や阿部家の様子がとてもインパクトがあって。
それで私も興味を持って調べてみたら、これはとても面白そうなところだなと思いました。
まだ担当するデザイナーが決まっていなかったので「じゃあ私、やりたいです!」と立候補しました。
菅:手を挙げられたんですね。
林:そうなんです。私も地方出身なので、地域で仕事されている皆さんに興味がありました。
菅:藤井さんとはそのときが初めてだったのですか?
林:少しはあったのですが、直接じっくりご一緒させて頂いたことはなかったので、これは滅多にない貴重な機会だと思いました。
菅:佐藤事務所の仕事は立候補で決まるんですか?
林:立候補はあまりないかもしれません(笑)。ですがこの件に関しては、どうしても担当したかったので、事前にマネージャーに「私、担当したい〜!」と耳打ちしていました(笑)。
菅:いいですね、積極的に手を挙げるのは。
林:そうですね。佐藤やマネージャーに思いを伝えて担当することができて、本当に良かったです。
菅:初めて大森に行かれたのはいつですか?
林:打ち合わせで初めて行ったのが2013年の夏ごろですね。ただその時はまだ、群言堂の皆さんも何をお願いしたらいいのか、具体的なイメージがまとまっていなかったようで…(笑)。
菅:私も最初、具体的なイメージがわからなかったのですが、やっぱりそうだったのですね。
林:はい、私たちも何をするのかよくわからないけど、まずはお話をお伺いしましょう…という感じでした(笑)。
菅:だから、こんなふうに面白く広がっていったんですよね、きっと。
林:そうなんです。そこでまず石見銀山生活文化研究所と群言堂の概要、会社理念、そして社員の方々が増えてきた現在の様子などを伺いました。
その中で、大吉さん・登美さんから次の世代の皆さんにバトンを渡す作業が必要、とのお話があったのです。
そこで何を作るべきなのかが見えてきた気がしました。始めは藤井さんの写真とバトンのセットを作りませんかという話になりました。
まさに「バトン」で、その中には巻物が入っていて、そこには会社理念が記され、社員の皆さんに名前を書いて拇印を押していただくような物をイメージしていました。
菅:本当に会社のため、社員のためという感じだったんだ。
林:そうですね。まずは社員の皆さんのために。そのうちに写真と会社理念をまとめた本を世の中に出せたらいいねと話が膨らみました。
東京に戻り、早速佐藤が平凡社の下中美都さんに相談差し上げたところ「面白そうですね。ぜひ本にしましょう」とおっしゃっていただけました。
そして下中さんが「今まで登美さんの本は読んだことがあるのですが、大吉さんの文章はないですね。
群言堂の母性だけではなく、父性も見てみたいですね」と、とても良いヒントを下さったのです。
みんな、なるほど!確かに!と意気投合しました。
そこで写真集と大吉さん語り下ろしの読み物本の二冊組になることが決まり、編集は自分たちですることになりました。
菅:その時から私も加わらせてもらったんです。
林:はい、実際のキックオフはその打ち合わせですね。平凡社さんは今まで弊社もいろんな本でご一緒させて頂いています。
とてもユニークな本を沢山出版されているので、群言堂さんにはぴったりなんじゃないか、と、佐藤が話していました。
菅:その打ち合わせからもずいぶん時間がかかりましたね。
林:そうですね。「父性」という話から始まりましたが、想像以上の紆余曲折がありましたね(笑)。
菅:最初は打ち合わせをもとに、父性についてまとめようとしたんですよ。一応大吉さんと私とで構成案を考えました。
「みまもる」というテーマにしよう。年代ごとに話をしていこう。たとえば20代の大吉さんのことを聞きながら、今の20代の人たちに伝えたいことを語ってもらおうと思ったんです。
でも話を伺っているうちに、シンプルに大吉さんの生きてきた道のりを聞いていったほうがいいと思い直しました。
会社をどうやって立ち上げていったか、ご夫婦でどうやって働いてきたのか。
その全体像の中に父性がにじみ出るんじゃないか、と。
じつは文章の方もあんまりカチッと決めないで話を聞き始めたところがあるので、聞いていくうちに変化していきました。