「家」から「宿」に

他郷阿部家の台所

阿部家には現在「暮らす宿他郷阿部家」という正式な名前があります。
中国に「他郷遇故知」(ターシャーイーグージー)という言葉があるそうです。
「人生にはいくつかの大きな喜びがある。
その一つは、異郷の地で自分のふるさとに出合ったように、
まるで実家のように迎えられたときだ」という意味で、
ここから「他郷」の名前をもらいました。
二〇〇八年の春から、実際に宿泊施設としての営業を始めましたが、
わたしが暮らすこの家に、「よかったら、どうぞ」という気持ちで、
お客さまをお迎えしたいと思っています。
疲れたとき、自分を取り戻したくなったとき、
ここをふるさとのように感じながら過ごしてもらいたいのです。

阿部家の浴室。

阿郡家が掲げるテーマは、「紡ぐ」「繕う」「織る」。
わたしたちは三〇年近く繊維業界と関わり、糸偏の仕事を続けてきました。
原点は、捨てられた端布を継ぎ合わせて再生するパッチワークでした。
思えばずっと、紡ぐ、繕う、織るという仕事を繰り返してきたように思います。
古い家での暮らしも同じこと。たくさんの人の歴史が刻まれて、
いまの暮らしが紡がれてきたことを感じるし、修復工事は、まさに繕うという作業です。
また、暮らしというのは、「歴史」という経糸に、横糸で「現在の人間模様」を、
タペストリーのごとく織りなしていくことかもしれません。
阿部家には、効率や便利さ優先の快適な暮らしはありません。
でもここには、現代人が忘れ去ってしまった犬切なものがあるのではないかと思っています。
10年以上かけて改修する、その非効率極まりない作業が続く中で自分にとって何が本当の価値なのか、
そこに暮らすことの意味とは何なのかを問い続けてきました。
古民家再生とは建物の再生だけではなく、
そこに暮らしを再生する必要性に気づかされました。
わたし自身、ここで暮らしていると毎日新しい発見があり、
この家の空気に包まれて雍されていることを感じています。

阿部家の改修前からあった柿木は今も実をつける。

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