石見銀山 群言堂

暮らす旅

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島根県石見銀山

温泉津温泉に泊まる
頭はからっぽに、心は満たされる温泉津町日祖地区の一棟貸し宿「HÏSOM」

まるで誰かの家に遊びに来たような、
もしくは思わず「ただいま」と言いたくなる
外観の「HÏSOM」。

ここは群言堂の宿ではないが、2019年にオープンした暮らすように旅ができる一棟貸しの宿泊施設だ。コンセプトは「ゆっくり、ひっそり、こだわりある暮らしを楽しむこと」。

なるほど、ゆっくり、ひっそり、か。

そういえば「何も考えずにボーッとする」という行為が、むずかしくなったのは何歳からだろう。

つい、仕事の締め切りのこと、家族から聞かされた愚痴、はたまた自分の不透明な将来などなど、ぼんやりとした不安や考え事で、頭の中が埋め尽くされがちだ。

「HÏSOM」は、自分を無意識に縛るものから、解き放ってくれる場所だった。

取材・文:立花実咲
 編集・撮影:小松﨑拓郎

頭をからっぽにするよろこびを噛み締める

「HÏSOM」があるのは、島根県大田市温泉津町という温泉街。しかも、たくさんの温泉宿が並ぶ主要のエリアから、車で5分ほど離れた日祖という地域にある。

細かく枝分かれしたり曲がったり、時には住んでいる方が手入れをしているであろう、いくつかのプランターが並んだ道なんかを「こっちで合っているのかな?」と思いながら進んでいった先に「HÏSOM」は、ある。

玄関の引き戸を開けると、品の良い小ぶりの棚が中央に鎮座していた。

「ようこそ」と正座をしてもてなす女将のようにも見える。あたたかな外観から一転、静謐(せいひつ)な出迎えだ。

宿の内装は、島根県を拠点に活動するSUKIMONO株式会社が手がけている。

スキモノは、解体された空き家や閉鎖となった工場から古材などを集め、様々なリノベーション案件や、アップサイクルのプロジェクトを手がける。以前はニューヨークにすんでいたこともある夫妻だが、茂親さんは地元で起業するために島根県に戻ることを決めた。高齢化、人口減少、経済衰退といった課題をかかえる地方において、地域に密着した形で再活性化に取り組む会社の一つとして、島根県におけるパイオニア的存在だ。(「HÏSOM」公式サイトより)

寝室は、広々としたクイーンサイズのベッドが1台あるタイプと、セミダブルサイズのベッドが2台あるタイプの2部屋ある。さらに追加ゲストのために布団が用意されており、最大10名で宿泊可能。

寝室はもちろんリビングやキッチンには、草木染の家具が備えられ、全体的にどっしりとした雰囲気。

藍染のカーテンやベッドカバー、柿渋で染められたワンシートのソファは、その上にあぐらをかけるほど深く腰掛けられる。

お風呂場とは別にもう1ヶ所洗面台がある。複数人で滞在すると水回りは混み合うため、ありがたい

お風呂場には段差がほとんどなく、シャワーカーテンが設置されている。日本のお風呂場に不慣れなお客さまでも、抵抗感なくくつろげそうだ。

浴室の床は石州タイルが使われている

キッチンは、土足。大きな窓が設えられ、そのままバーベキューエリアに出ることができる。床に段差がないため、キッチンで料理をして外に持っていき、食事するのも良さそうだ。

温泉津町の陶芸家・荒尾浩之さんが作った食器たちも使うことができる

玄関に置いてあった棚をはじめ、「HÏSOM」のあちこちで脇を固める調度品は、もともとこの住宅にあったものや、使われていたものを再利用している。何もかも、ここにあるべくして設えられたものたちだ。

筆者が寝室に入り荷物を下ろすと、なんとなく裸足になりたくて、すぐ靴下を脱いだ。チェックインしたのは、日没後。秋の終わり頃に滞在したため朝晩は冷えると聞いていたが、無垢の木材を使った床の質感がやわらかく、足元も冷えない。

照明も、大小様々のあかりが用意されている。

筆者は天井に備え付けられた照明が明るすぎて苦手で、自室がだいたいいつも暗い。けれど「HÏSOM」の照明は、やわらかい明かりだ。間接照明が複数用意されているから、自分の心地よい光量に調整できるのもうれしい。「HÏSOM」にいる時間に集中でき、自分をいたわりたくなる。

スマホも、あえて機内モードにしてみた。

必要以上に急いでメールの返信をしなくても、おもしろい企画が思いつかなくても、些細なことがぜんぶ、うまくいかなくても、なんとかなるものだ──。

そんなふうに、あれこれ悩んだり気にかけたりする思考回路を一旦シャットダウンして、頭を空っぽにすることの贅沢さを、「HÏSOM」は、思い出させてくれる。

ちなみに「どうしても」というときはWi-Fiも使える。ご安心を。

日祖という地域の素朴さこそが魅力

「HÏSOM」という宿の名前は、日祖の地名に由来している。

冒頭でお伝えしたように、「HÏSOM」は日祖地区の中の、ほとんど行き止まりの所にある。

観光地ではなく、自動販売機もコンビニもない。

けれど「だからこそ、ここで宿をやりたかった」と話すのは、オーナーの近江雅子さん。温泉津町で「HÏSOM」を含む、4棟の宿泊施設を経営している。

近江雅子さん

大田市温泉津町のとなりの江津市出身の近江さんは、住職をやっている旦那さんとともに9年前に家族で移住。「初めはお寺のことだけをやるつもりで引っ越してきた」と話す。

「育った場所が古民家だったこともあって、もともと物件を見るのは好きでした。

温泉津町に住み始めて間もないころ路地裏探検をしていたんです。温泉街から離れた道を歩いて行くと、突然神社が現れたかと思ったら、だんだん海が見えてきて。そうして偶然たどり着いた場所が、日祖でした。まるで人目を避けて、隠されているエリアのように感じたんです。

昔、海の神様がこの地に降り立って、温泉津町にある水上神社に向かって上がられたという神話も残っていて。神秘的な縁を感じました」

毎年、お正月には、その年の目標を書いているという近江さん。その中に「日祖を大人の楽園にしたい」という目標があった。それからしばらく時間が経って、たまたま出会ったのが現在の「HÏSOM」にあたる物件だったという。

「温泉津に引っ越して息子を出産したことがきっかけで、地域の将来のことを考えるようになりました。お寺の仕事をやりながら、人口が減っていく苦しさみたいなものも感じていたので、お寺のことをメインでやりながら地域のために他にできることはないかと考え始め、空き家を買い取って改修する方法にたどり着きました。2017年3月に『湯るり』というゲストハウスを開業して、『HÏSOM』は2棟目です」

ありのままの暮らしを楽しんで

日祖は、観光地ではなく、生活が息づく地域。だからこそ「HÏSOM」ができると聞いた地元の方々からの反発は、小さくはなかった。

しかし、粘り強く真摯に向き合った近江さんの姿勢に感銘を受け、今では地域の人たちも「HÏSOM」に集まる客人たちを歓迎してくれている。

「HÏSOM」から徒歩1分のところには地元の方々しか知らない海岸がある

もともと温泉津は、16世紀初頭に石見銀山が開発されて以降、銀の生産・流通の玄関口として、重要な役割を持っていた港町。そのため、よそから来た人に対して寛容な風土があるのでは、と近江さんは話す。

「大田市の隣の江津市出身のわたしが温泉津に来たときも、地元の方々は歓迎してくれました。採れたての野菜をどっさり分けてくれたり、温泉の入り方も教えてくれて、たわしでゴシゴシ背中を流してくれたり(笑)。そういうあたたかい雰囲気を、よそから来た人にも感じてもらえたらと思っています」

ときには地元の方々がお客さまに対して、海で獲れた魚をお刺身にして持ってきてくれたり、山で採れた山菜を分けてくれることもあるという。さらに天気がいい日は、日祖の洞門と呼ばれる岩山にぽっかり空いた穴を見に、クルージングに連れて行ってくれた方もいるのだとか。

自然と育まれたおもてなし精神は、お金のやり取りがないからこそ気持ちよくできる部分もある。

「ご自身も楽しみながら、やりたいからやってくださる方がいて、その距離感が日祖の良さだなと思います。滞在中は、地元の方々を見かけたら、ぜひあいさつしてみていただきたいです」

よそから来る客人へのもてなしや寛容さは、さまざまな人が出入りしてきた歴史と合わせて、近江さんご自身が地元の方々と実直にコミュニケーションを重ねてきた結果でもある。

「観光業を営む方々から、具体的なアクティビティや、お土産品を作ってほしいと言われたこともありました。でも、地元の方々の売上につながるのか、持続できるのかを考えると、目新しいものを作るより、ありのままの暮らしを体験してもらえることこそ日祖の価値だと感じます」

リビングにある薪ストーブは、あえて薪だけを用意して火入はお客さまに体験してもらうこともある

最後に、近江さんに「HÏSOM」でのおすすめの過ごし方を聞いた。

「海が近いから、海岸でぼーっとしたり、本を読んだり。庭に植えられた木には、いまちょうど夏みかんがなっているから、それを採って食べていただいても構いません。早めにチェックインして、日祖でのんびり、ゆっくり過ごすことを、おすすめします」

今は、飛行機の中でさえ、Wi-Fiが使える。どこにいても迅速に、なんでも届くし、なんでもそろう。

こうした現代の利便性から、あえて距離を取れるのが日祖の魅力であり、近江さんがもっとも惚れ込んだポイントの一つだ。

だから、日祖も「HÏSOM」も、観光客向けに無理に演出されたり、飾り立てられたりはしない。

ただ、波の音に耳を傾けたり、庭先でお茶を飲んだり。

焦らず、急がず。

「なにもしない」感覚に、どっぷり浸かれる時間こそ「HÏSOM」でしか味わえないのだから。

「HÏSOM」詳細

住所:〒699-2501 島根県大田市温泉津町温泉津イ588-1
アクセス:
 JR広島駅より車で約2時間/出雲空港、萩・石見空港より車で約1時間半
 出雲空港からはJR出雲市駅、萩・石見空港からはJR益田駅までバス利用
 最寄りの「温泉津駅(JR山陰線)」よりタクシーで約5分
 *HÏSOMまでの送迎オプションあり
 *温泉津温泉街までは徒歩で約15分、車で約5分
電話:+81 (0)90 7507 6558
 予約方法:公式サイトの「Book」ページからお問合せください
予算:
 連泊いただきますと割安になります。
 通常料金 1〜5名 ¥ 48,000 /1泊(税込)
 5名以上追加料金 1人1,500円/泊
 ハイシーズン料金: 1〜5名 ¥ 55,000 /1泊(税込)| 5名以上追加料金
 1人2,000円/泊
 *ハイシーズン:ゴールデンウィーク、夏季、クリスマス年末年始
連泊割引:2泊~7泊:20%OFF | 8泊~14泊:30%OFF | 15泊以降:55%OFF
公式サイト:https://hisom.jp/